温心堂レディースクリニック コラムのコーナー    

PART2

このページには
2007年8月26日(第25回)から2008年3月24日(第39回)までの
コラムが載っています。

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PART2

第25回 ・・・・・‘気’について。腹式呼吸。秘密の言葉・魔法の言葉PART2
第26回 ・・・・・‘気’の意識。最近の変化。腹式呼吸について
第27回 ・・・・・‘気’の波動。波動をあわせる重要性について
第28回 ・・・・・ 腹式呼吸法について
第29回 ・・・・・ 癌について・呼吸法・運命とは
第30回 ・・・・・ 癌について・利他の方法・和顔愛語
第31回 ・・・・・ とても大切なこと....導くもの・支えるもの
第32回 ・・・・・ デジャブー
第33回 ・・・・・ 感謝するということの意味:言葉の大切さ
第34回 ・・・・・ 2008年の予測その1
第35回 ・・・・・ 2008年の予測その2
第36回 ・・・・・ 2008年とは...
第37回 ・・・・・ 2008年他、塞翁が馬
第38回 ・・・・・ 『fのイメージ』の新バージョン
第39回 ・・・・・ 経絡・その1

雲の情景

温心堂コラム代25回

【2007年8月26日更新】

《070826-1‘気’の意識について》
◆今回は‘気’の話の続きです。
‘気’には意識があります。私たちの心や気持ちが‘気’に伝わって動きます。あるいは動いてくれます。不思議な話ですが本当です。

◆だから‘気’の治療が可能であるともいえます。必要なところへ必要なだけ適切に入っていって自己調節するだけではありません。

◆もちろん自然に任せる自己調節がうまくいく場合も大いにありますし、いい加減な治療よりはよほど効果的なこともあります。

◆自然に任せる自己調節とは以前お話したように、我々の表面意識とは別に肉体の意識があって、自然の‘気’を取り入れ、足りないところや滞っているところをあたかも肉体が‘気’と話し合って勝手に調整することです。

◆‘気’の意識の問題は非常に重要です。要するに、‘気’(この場合は‘癒しの気’)は自(おの)ずから身体を治そうとするものですが、人の意識を感じることができるということです。

◆あるいは‘気’に習熟した人の判断によって、気が不足したり必要と思える肉体の場所へと導くことや病気になった場所とその働きや役割(例えば臓器としての役割)を‘気’に伝えることによってその部分の損傷からの回復と活性化が始まります。

◆何度もお伝えしていることですが、そのときに十分に効果をあげるためには、肉体自身への労わり(いたわり)の気持ちが必要です。

◆少なくとも自分自身の身体である以上、たとえ病気の部分があるにせよ自分のものであることにかわりなく、またこれからも自分とともにあるものですから不可分の親友のつもりで労わり、常日頃から感謝する気持ちが大切です。(ごめんねなんて謝る必要はありませんよ。)わかってあげる気持ちが必要です。

◆例えば子宮筋腫の場合でも、筋腫は自分自身の肉体の一部にかわりはありません。余計なものと思う方もいらっしゃるかもしれませんが原因あってのことです。

◆子宮は筋腫を抱えてはいるけれど、今までの人生を共に過ごし、いろんなストレスを共に受けた戦友みたいなものです。子宮あるいは卵巣、さらにまたその他のさまざまな身体の部分すべてに感謝することもとても大切なことですよ。

◆労わる気持ちと感謝の気持ち・・・・これがあれば肉体は素直に‘気’を受け入れることができます。すなわち最も基本的な自然治癒力(ホメオスタシス)によって復活・活性化して元の元気な身体へ戻ろうとするのです。

070826-2最近の変化について》
◆気功をしていて思うことは、3割以上の方が‘気’を感じていらっしゃるようです。つまり、変化に気付くみたいです。その中でも特に敏感な方は‘気’の質も捉えることができます。今日の気は軽かった重かった。どこそこが熱くなり・・・・などなど。

◆患者さんの中には‘気’の働きが届きにくい方もいらっしゃいます。受け入れの準備がしっかりとしてないのかもしれません。

◆私自身も気功中にさまざまな変化を感じています。常に変化する‘気’の状態に驚くこともしばしばです。

◆自分自身がどのように疲れていても、‘気’はそれに関係なくどこからともなくやってきます。多くは空から降りて来るようです。首と後頭部が熱くなり両肩と腕と手を通じて‘気’が出てきます。すなわち降りてきた‘気’は後頭部と頚部から入ってきて手から出ています。

◆手は特に不思議なところです。指先も重要なポイントです。

《070826-3・腹式呼吸つづき》
◆腹式呼吸は基本中の基本です。気功にしてもヨガにしても瞑想にしてもこれは欠かすことができません。

◆一日数回お腹を意識して膨らませたり凹ませたりしてみてください。時には思い切りふくらませ、ときには限界まで凹ませてみることです。こうして腹式呼吸でお腹を膨らませる限界と凹ませる限界を意識することができます。

◆自分の限界を知ることは非常に大切です。その上でその中間の中道を行えばいいことです。

◆腹式呼吸はあなたのプロポーションを適度に保つ方法のひとつだと思います。前にも述べましたように、記憶力の復活と便秘の解消にもなります。健康を保つ上で必要なことですね。

《070826-4・秘密の言葉・魔法の言葉の第三章がはじまります》

◆温心堂では昨年(2006年)11月から秘密の言葉・魔法の言葉というコーナーを作り、心や魂が感じる言葉を探し続けてきました。

◆言葉は言霊というとおり、それ自体魂をもつものです。よく、ありがとうは魔法の言葉といわれます。そのことについての本も多く見受けられますが、言葉自体が持つ魂はいろんな働きをします。

◆ただ、そこに明確な対象や意識があったとき、より強烈な働きを起こします。何でもかんでもありがとうでなく(基本的にはそこから始まってもいいのですが)、例えば自分自身の助けになってくれるものに対して(漠然としたものでも構いません)ありがとうと言えるとなおさら良いと思います。

◆第三章は第一章・二章と違い実践的な方向性をもたせていけたらと思います。
でも作るってなかなか難しいもんですね・・・・

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雲の情景2 遠くの雲です

温心堂コラム】第26回

【2007年9月10日更新】

《070910-1‘気’について》
◆今回も‘気’の話の続きです。
前回‘気’には意識があり、私たちの心や気持ちが‘気’に伝わって動いてくれるという話をしました。

◆だから‘気’の治療が可能であるともいえるのですが、これとは別に我々の意識とは全く関係なしに身体が‘気’と調節し合う作用があります。

◆我々の表面意識は脳が現実の状況を見て作り上げたものですが、それとは別に肉体がもつ意識があって、それは身体を維持するために自然の‘気’を取り入れています。

◆まるで、足りないところや滞っているところをあたかも肉体が‘気’と話し合って勝手に調整しているみたいですね。このことについては前回も述べましたが、先日その効果を患者さん自身がおっしゃってくれました。

◆私は患者さんと普通の会話をしながら、‘気’の力に任せて気功をしています。念じる思いを込めてすることもありますが、‘気’はそれを察して自然と調節してくれるみたいです。

◆たとえば子宮や卵巣あるいは不調を感じる箇所には意識を介して‘気’を入れても意識を介さなくても同様の効果が現れます。すなわち、時間はあまり関係ないみたいです。それが大切だと思った瞬間に身体が記憶するようです。

◆その方は気功が終わってから、『そう言えば・・・』というお話をされました。ご自分の顎関節症の具合が良くなられたそうです。

◆その方も私自身も全く意識していないことでしたが‘気’の自己調節力というものを改めて感じました。‘気’は身体と相談して最も適切に修理を行おうとし、肉体はそうすることによって、いやそうして初めて本当の意味で生き返ることができるのだと思います。

◆いつかお話したように、この世に普遍的に存在するものがあるということは、それを利用しているに違いないということだと思います。

◆この世にメタンや炭酸ガス以外の酸素が増えた時の地球の状況に似ています。‘気’が増えた時それを利用する手立ては自ずと地球システムに組み込まれたのではないでしょうか。

《070910-2最近の変化について》
◆私自身のことで2回連続で恐縮ですが、最近強く感じる‘気’の変化をお伝えします。

◆腕を顔の前で組むことがありますが、そうすると組んだ手の中と腕(三角形になっています)の間に熱い‘気’の塊が生じます。特に両手両指が触れているときにはその間には‘気’の玉が出来ているみたいです。

◆気功をされる方には、そんなことは当たり前かもしれませんが、私の手の中の‘気’の玉は、手から溢(あふ)れており、手の中だけに納まっているようではありません。まるで手の中から湧き出るように熱く溢れてきます。温泉の源泉が地下から溢れるみたいです。

◆診察室のベッドに患者さんが横になった瞬間、‘気’が空のほうから降りてくるあるいは四方八方から寄り集まってくるようです。そして患者さんも感じています。身体が反応しているのです。

◆前回もお伝えしたように患者さんの中には‘気’の働きが届きにくい方もいらっしゃいます。それは身体の調子が今までと違っているからであり、いつも同じとは限らないからです。今までとは違い身体も変化しています。

◆とにかく‘気’は常に変化しています。ただ単に気功が出来るとかできないとかではなく自分自身の状況やこれから成すべき事、その意義なども変化を遂げています。

《070910-3・腹式呼吸つづき》
◆腹式呼吸はおこなっていらっしゃいますか?ここでもう一度復習をして見ませんか。まず今どのような姿勢をしていますか?立っていても座っていても、背骨をスッと伸ばしてみましょう。

◆背筋をスッと伸ばした瞬間、あなたの身体は変化します。意識して伸ばした瞬間良い‘気’が通るルートが出来ます。ルート作りは意識からですね。

◆はじめはまず、背筋を伸ばす、どんな状況でも通りを(通過性をよくする)という意識を持つほうがいいですよ。例えば仕事でパソコンと睨(にら)めっこしてても、長時間立ちっぱなしでも、きつい労働をしていても、通勤電車の中で辟易してても、‘気’が常にご自分を護ってくれる、その通過性を意識して、背筋を伸ばすのです。

◆そして、おへその少し下のところに息をする肺があって、実際には口から吸って胸の本当の肺臓に入るのですが、肺を通り越して、おヘソも通り越してヘソ下のおなかの中心に肺があり、そこに吸い込んだ息が収まる、そしてそこから息が吐き出されて口から出る・・・ということをやってくれませんか?

◆その前にひとつだけ確認です!!
前にやったように大きく息を吸っておなかを出来るだけ突き出してください。吸って吸って吸いまくり、おなかがパンクする手前まで吸ってみるのです。これにより、あなたの吸う限界がはっきりします。

◆その次は、息を吐いて吐いて吐き尽くすことです。おなかと背中がくっつくくらい吐いてください。これによってあなたはご自分が息を吐く限界を知ることができるはずです。

◆ものごとの中庸を知るためには両極端を体験することが大切です。それによって初めてそれ以外の重要性を知る基礎ができるからです。

◆このことは非常に大切です。時間があれば吐くことと吸うことを確かめてみてください。

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温心堂コラム】第27回

【2007年9月25日更新】

《070925-1『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』第三章について》
◆いつも『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』をご覧いただきまして誠にありがとうございます。そして第三章の公開をお待たせもうしあげ本当に申し訳ございません。

◆第三章は今現在、作業を鋭意進めております。試行錯誤の連続でして、なかなかナカナカ…へとへとになりながら…眠い目をこすりながら…でございますので、どうかもうしばらく温かい目でみていただければ幸いに存じます。

◆ほんと、文章ってぇ〜のはなかなかですよね。でも気持ちはすごーく入ってますから!!初回公開は、来月前半かな〜!?長すぎるかな^_^;??

◆ひょえ〜全然見てないよ〜だって!?(ーー゛)…(ToT)/~~~…よろしく頼みますよm(__)m

◆ちなみにそのコンセプトはというと、‘気’の実践法です。たとえばハリー・ポッターでいうと、魔法の使い方…みたいなもんかな?いや、じゃなくて練習法ですね。魔法も悪用するといけないけど、‘気’も悪用はできないですよ。

◆でも‘気’のいいところはね(^_^)…、魔法はファンタジーの世界の話なんだけど、‘気’は現実(ノンフィクション)の世界であるというところなんです。

《070925-2‘気’について》
◆‘気’というものは幾種類にも分かれていて、私たちが使うことが出来る‘気’は限られたものです。
でもどうして‘気’を使うことができるのでしょうか?

◆ここのところはすごく重要です。当たり前すぎて…すごく当たり前なのですが、これに気が付くことが非常に大切です。

◆私たちのこの世界は、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、波動(波)で出来ています。原子も電子も光もすべて波です。

◆これが認識されると、『癒しの‘気’』の波に波長を合わせると良いことが分かります。そうですよ…結論はその波に波長が合うことです。

私の場合、気功についてはまだヒヨッコみたいなもので、『癒やしの‘気’』の波長に合わせることが‘気’のコントロールはスムーズにいかないことがあります。そんな時は‘気’のほうにお任せしています。

◆波長の合わせ方は意外に難しいですね。このことに関しては指導してくれる人や修行が必要なのかもしれません。

◆ですが、‘気’の波長に合わせるとはどういうことでしょうか?また‘気’に任せるとはどういうことでしょうか?

◆私の先生は76歳の空手の先生です。千葉で各種いろんな難病の気功治療をしていらっしゃいます。先生は元来いろんな‘気’の体験をお持ちであり、‘気’の流れなどを見ることが出来る方です。このように特殊な能力を生来身に着けている方がいらっしゃいます。

◆一方、私のようにここに来てはじめてそのことが分かり、認識し、また使うことが出来たという、まるでピカピカの1年生みたいなものもいます。

◆人にはそれぞれの役割があると先生はおっしゃいます。人はこの世に生まれるとき、それぞれの役割を担っているとのこと…このことは以前お話させていただきました。

◆はっきりいえることは、1)『癒やしの‘気’』は存在する…でなければ癌を含む多くの難病が‘気’によって治るはずはない2)その『癒やしの‘気’』はある波長を持つ3)その波長をキャッチできるのは特殊な能力であり、人はその能力を誰もが持っている4)その波長に長く触れているとその波長を受け入れやすくなる?であるからその波長を持つ人のそばにいれば、受け継ぐことができる。あるいはその波長は合わせるためにその方と一緒にいることが重要である。

◆私の場合で恐縮ですが、‘気’の先生は私の主治医であり、また、いろんな悟りをくれる方であり、心の師でもあります。言葉では言い表せないくらいいろんなことを学ばせていただいています。『‘気’があなたを護る』と強く確信したのもそのためです。

◆『癒やしの‘気’』は存在しますよ。それは断言できます。それは皆さんを護ります。本当に護るの!その‘気’はほかの気と違います。尊い‘気’です。だから皆さんに紹介したい。今後も…。

◆‘気’に波長が合って初めて分かることがあります。自分の生き方や存在や役割が…。

◆ご自分の存在意義が分かることほど有意義なことはないでしょう!?あなたがいてこそだよ!あなたがいてこそ世界があるんだよ!そこでは謙遜も遠慮も要らない!あなたがいるからその他の人も世界もあるんだよ!

◆謙虚さは絶対に必要です。おいおい分かると思います…でもあなたが必要だってことは自分自身では思いつかないかもしれない。どの人でもいいんじゃないですよ。

◆その役割を果たすこと。でも謙虚さは必要です。例えば、地球環境を護りたいって人は思うけど、どんなやり方でもいいってわけじゃない。独りよがりで偏(かたよ)っているのはどうでしょうか。

◆今回はなんだか説教じみてしまった、ごめんなさい。それに‘気’に任せるってどういうことかってこと言えずごめんなさい。次回までどうかお待ちくださいね…ほんと、ごめんなさい。

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いい空でしょ(^.^)
温心堂コラム】第28回

【2007年10月9日更新】

《071009-1『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』第三章について》
◆今回も『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』の公開についてです。お待たせもうしあげ本当に申し訳ございません。が・・・、遅れます。

◆‘気’の実践法のため、少しずつの公開にはならない可能性があるからです。もう少し量ができてからだとおもいます。すみませんがご理解いただければ幸いです。

《071009-2呼吸法について》
◆心を落ち着かせ、心身ともに安定化させる方法の中で呼吸法は優れた効果を生み出す方法のひとつです。何度もお伝えしていますが、とても大切なことだと思います。

◆人は自ら制御(セルフコントロール)することができる生物です。○○のために我慢したりすることってよくありますよね。ご飯は八部目、夜9時以降の食事は止めておく、甘いものを控える、タバコを止める・・・など、健康的な生活のためにいろいろ制御している方も多いと思います。

◆でも、これだけは譲れないよね〜って、こだわりのものがある方も多いのでは??いいんですよ、そこまでセーブしたら生きがいも何もなくなっちゃって、生ける屍(しかばね)状態かもですから・・・(^.^)

◆ここだけは許して・・・っていう、あなたにお勧めなのがこの呼吸法なんですよ。
へ〜っ、そうだったんだ!?

◆そう、だから気楽にやって欲しいのです。詳細はまた秘密の言葉第三章ででてきますが、その一部を先取りして、練習代わりにやってみましょうか(^^♪

◆以前お話したように、呼吸法はいろんな効能があります。‘気’のルートを辿ることによってまたいくつもの変化をもたらします。

◆まずは座ったままの方がいいでしょうね。立ってやることもできますけど。きちんと座った方がいいですね。背筋がピンと伸びるようにするためにはお尻の下に厚手の座布団(二つ折りすればよろしい)を敷いて、脚はあぐらにして、片方の足を他方の足のふくらはぎあたりに乗せます。できなければあぐらのままでもよいですよ。

◆姿勢がぐらぐらしませんか?安定した形になるには慣れも必要です。背筋を伸ばしお腹を少し前に突き出すような格好になります。よく背骨は節を取った竹に喩えられ頭からお尻の肛門までが真っ直ぐで、竹の上の穴から石を落とすと下の穴まで一直線にスッと落ちるといわれるほどです。

◆手はぶらぶらさせるのではなく両膝の上に手のひらを上にして置きましょう。親指と人差し指で輪を作ります。

◆そうでなければ昔、アニメで一休さんが座禅をしていたように、組んだ足の中央に、ちょうどお臍(へそ)の下、下腹部中央に右手の指の上に左手の指をのせ両親指の先をくっつけるようにして置いてみてください。手は安定した位置にあればいいのです。

◆お腹を突き出したり、凹ませることが出来ますか?息を吸いながらお腹を前に出してみてください。それができたら、今度ははきながら凹ませてみてください。できましたか?2〜3度繰り返してみてください。

◆背筋を伸ばしてお腹を少し前に突き出して、両手を安定させて、今度は息を大きく吸ってお腹を思いっきり膨(ふく)らませて前へ出してみてください。目いっぱい吸ったら今度はお腹を凹ませて息をはいてはいてはき尽くしお腹と背中がくっ付くくらいまでお腹を凹ませましょう。

◆できたでしょうか??この目いっぱい吸ってお腹を膨らませ、はき尽くして目いっぱいお腹を凹ませることは非常に重要です。3〜5度繰り返します。

◆なぜなら、今まで溜まっていた‘気’の澱み(よどみ)がこれにより取れていくからです。

◆新しい新鮮な‘気’を取り入れるためには、濁ったまま滞留した古い‘気’に出ていってもらう必要があるからです。この呼吸は慣れてくると1〜2回で十分になります。

◆それでは姿勢はそのままですが、目いっぱいの呼吸は止めて、ゆっくりとお腹を膨らませて息を吸い、自然に止まるところで止め、ゆっくりと凹ませて息を吐き自然にとまり、次いで吸う・・・を繰り返してみましょう。

◆今ゆっくりとした呼吸が繰り返され、お腹は膨らんだり凹んだりしていますよね。呼吸は次第に安定してきたはずです。

◆ではここで、吸う息を鼻から、はく息を口からにしてみてください。そして吸う息もはく息もできるだけゆっくりにしてみましょう。

◆目は閉じていても開いていても結構です。開いている場合、前方2メートルの床に目をやってください。見るではなく、見ないではない・・・くらいの意識です。ちなみに私は両方行います。

◆閉じていても開いていても様々な雑念が浮かびますが放っておくことです。

◆お腹が膨らんで息が入ってくる、お腹が凹んで息が出て行く。これを繰り返しているのですが、そのこと自体に意識を持って行ってください。吸った空気はお腹が膨らんでいる所まで入ってきているのだと・・・繰り返す・持続することが大切です。毎日数分で結構ですから続けてみてください。

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これもなんていい雲(~o~)

温心堂コラム】第29回

【2007年10月24日更新】

《071024-1癌について・・・》
◆有名なキャスターや報道関係者が癌を告白し、手術や抗がん剤などの最先端の治療を受けられ、一生懸命に病と戦っていらっしゃいます。

◆癌の治療には相当な体力と気力が必要で、ご本人もご家族も周囲の関係者もご苦労が絶えないと思います。みんなで力を合わせていらっしゃる様子がよく分かります。

◆癌の治療の中では前も述べましたが、裏の治療として『癒やしの‘気’』の治療法があります。何に対して行うかというと、重要なものとしては‘癌の邪気’です。どの病もそうですが、特に癌の方にはかなり強い邪気が付いています。

◆この邪気を除いた方が、表の治療である最先端の医療・治療が効きやすくなります。邪魔するものがないからです。転移を繰り返したりする場合、このことにも留意したほうがいいかも知れません。

《071024-2呼吸法について》
◆この世界にはいろんな人が暮らしています。生まれも環境もそれぞれ違いますから、顔かたち、性格、癖(くせ)、思考、嗜好も全て違います。

◆しかし、生きていくためには数々の避けることの出来ない制限がありますし、やがて死んでいくという運命は共通です。これから先、どのように進化した超人類が生まれ出たとしても、それだけは克服できないことだろうと思います。

◆常々思うのですが、そもそも、人それぞれの運命が違うのはなぜでしょう?どんなに裕福な家庭で生まれても必ずしも幸せを全うできないのはどうしてでしょう?どんなに貧しくても生き生きとして幸せに生きる人がいるのはなぜですか?

◆人が生れ落ちた時・・・、そのときから運命の歯車は回り始めますが、その歯車の性能や回転するスピード、そしてそれに接する他の歯車の状態と相性・・・一人ひとりの歯車はすべてが他と違いますよね。

◆本来他と比べてはならないのかもしれません。これは運命ですからある程度は決まったも同然なのかもしれません。でもその違いは何を意味しているのでしょうか?

◆その人が持っている星は既に決まっているし、その中には類稀な(たぐいまれな)良星もあるけれど、これ以上ないくらいの悪い星だってあるからです。

◆それらの星も生れ落ちた時点から、歯車が回り始め、影響を及ぼし始めます。その星は、どこから来たのでしょうか?なぜそれらの運命の星がよりによってあなたの元にあるのでしょう?不思議ですよね・・・。どうして現在のご両親の元に生まれたのでしょうか?生まれる前からわかっていましたか?

◆呼吸法と題しながら、運命のお話をさせていただいています。呼吸法を行うということは真理を探求することに繋がります。あえて人生を良い方に導くなら呼吸法を手始めにすればその未知なる道が開けるからです。

考えてみると、私たちの人生は本当に不可解なことが多いですよね。みんなが楽しく仲良く暮らしていれば良いのに・・・と思うこと、本当に多いですね。いろんな事件も起こるし・・・。

◆どうして人は生まれてから数々の試練を乗り越え、嫌なことも辛いことも多いこの世界で努力し、耐えて生きていかなければならないのでしょう?生物として生まれたから?生まれることは前もって分かっていたのかしら?

◆どうやらそこにひとつのヒントみたいなものがあるようです。人は苦労しなければならない運命にある。これは皆さん頷き(うなづき)ますよね。

◆人は死ぬまでに様々な困難に遭うことや、のっぴきならない立場に立たされることもある。これはどうでしょうか?でも公の場合であれ私的な場合であれ、そのようなことはごく当たり前に起こり得るものです。

◆まさか自分が・・・と思うことに突然遭遇することがある?ありますあります、運命のいたずらというか戯れというか・・・。例えばいろんな病気や怪我、事故など。うっそ〜といえるほど、あるいは‘事実は小説よりも奇なり’なんていえることもあるはずです。

◆運命は人それぞれですが、嫌なことも辛いことも乗り越えなければならないことに変わりありません。私たちはまだ幸せな方かもしれませんよ。地球上のあらゆる地域を見渡してみると、考える自由や夢見る自由も無い国や地域がいっぱいあるし、ハンディキャップを背負っている方もたくさんいらっしゃいます。

◆この世では、とにかく生き抜くことが求められているみたいです。でもそれは何故でしょうか・・・?例えばなぜ自殺してはいけないのか、諦めてはならないのか?天寿を全うするのが本来の姿ですが、途中で予期しない病や事故・災害などで尊い命を失う方もいらっしゃいます。そういう場合は致し方ないと思いますが・・・。

◆どうして死を選ぶことが大罪か?その理由は生きていることが尊いからに他ありません。単純な言い訳みたいですが、生きていることに越したことは無いのです。なぜか・・・

◆前にも述べたことがありますが、生きることは心が変化することです。もっと深く言うと魂が変化することです。どう変化するか??

◆より高く、より清く、晴れ渡る青く澄んだ大空の様にです。

人の境涯は生きているからこそ変化し高めることが出来ます。そのために必要なのは地位や財産ではありません。お金なんて役には立ちません。あなたの心と心構えや崇高で純粋な気持ち、他を思いやり、他の人たちのために尽くす。地域や社会のために貢献する。そういう気持ちが心を変化させます。

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温心堂コラム】第30回

【2007年11月5日更新】

《071105-1癌について・・・》
◆人の生死については誰一人として同じことはありません。たとえ死に至る病が癌であったとしても、人それぞれの病状も経緯も異なります。

◆死に至る病が癌であったというだけで、死という運命が変わるわけではありません。死はどなたでも通る道であり、避けるわけにはいかないのです。どんなに愛する人であっても、運命の出会いであっても、別れの日はいつかやってきます。

◆死というものが癌によってもたらされたとして、それが他の病とどう違うか・・・?いかなる病気であれ、たとえ死に至るもので無くとも、その時になって初めて、あるいは改めて健康であることや普通に暮らすことのありがたみや感謝することの意味などがわかります。

◆癌だけが特別な病というわけではありません。しかし癌は直接的に死を意味するものであると解釈する病気の一つです。いろんな有名人が癌を告白するということにもそれがあらわれています。

◆本当に健康であって何事もなく平穏無事に過ごした時、○○歳まで生きることができる・・・ということが天寿を全うするという意味だと思います。であれば癌や他の病気になった、あるいは不慮の事故などで人生の半ばで命がなくなるときは残りの人生はどうなったと考えるべきなのでしょうか?

◆病気はその人にとって大切なことを教えるためにおこるんだよ・・・よく、こういうことを耳にします。生き方、人生を考えたり見直すために試練みたいに出てくるんだ、というわけです。本当なのでしょうか?さらに、そのことに気付くと病気がよくなるといいます。

◆であれば、病気はどこかでコントロールされているのかもしれません。だれが?どこで?このことについての真相は定かではないけれど、病気になるというのはやはり原因があってのことです。原因不明のことも多いけれど気付かないことも多いはずですね。たとえば・・・

◆毎日毎日一生懸命に、ヘトヘトになるまで働いて食事は毎日外食で、付き合いと接待に追われてヘロヘロになるまで飲み食いして、睡眠時間はたったの3時間・・・

◆甘いもの大好きで運動はしない。タバコは一日60本、体重計にはここ数ヶ月乗ってないけどウエストは90cm超えちゃってる・・・

◆冷房、冬でもがんがんで、意地悪なやつが前に座って針のむしろの様な人間関係の職場にいて、給料は安いし休みはないし、有給なんて簡単に申請できるのは○○○くらだと思っていて、心療内科で大量の薬を飲まされて不平不満だらけの生活・・・

◆どうしたらいいんでしょうか?よく相談してから解決策や対処法を考えましょう。現代社会はストレスの塊ですね。心が病むと本当の病気になってしまいますから。

◆そこで、対処法のひとつに過ぎませんが・・・、自分たちの生活はこれでいいのか、ほんとにいいんだな、後悔しないのか?後悔してないのか??・・・ほんとにいいんだな・・・???など、自己を見直すことはとても重要です。

◆悪いのはやはり自分自身かもしれない・・・そう思い当たることがあれば、そこが解決のヒントとなることもあります。だれ彼が、あいつがいけないんだ・・・と思う前に自らを省みることは必要です。

◆しかし全く身に覚えの無いことによっていろんな災難や病気になることもあるのです。自分に身に覚えが無い時でも、そういう縁を生じることがあります。列車事後や飛行機事故・・・。いたいけな幼い命が犠牲になることもあり、許せない事故事件が多発しています。

◆私たちは愛するものを守らなければなりません。どんなことがあっても全力を尽くす・・・これはどんな時代でも、状況がどんなに変化しようが変わらない不変の真理です。そして、だからこそ大切なこと・・・・

◆それは利他という観念をもつことです。どんなささいなことでも、ひとつでもいいから利他を思うことです。そして自分自身がそのような存在になることを願うこと。(利他とは利己の反対で、自分ではなく人のためにということです)

◆・・・でも、こんなにいつも大変なのにそんなことできる余裕も何も無いよ・・・と思うかもしれませんね。

◆自分自身と愛するものを守る・・・または場合によっては愛するもののために自己を犠牲にする・・・自己犠牲によってまでして愛するものたちを守りたい!!それはごく当然のことでありどんな人でもその通りと肯定するはずです。

◆心掛けとして必要なのは利他の心かもしれません。かもしれないというのは遠慮していっていますが、利他といっても難しいことではありません。以前にも述べましたが・・・

和顔愛語・・・仏教の言葉ですが、真理のひとつです。和顔施・和語施ということも同じですが・・・真心がこもったいい笑顔・心溢れるいい言葉(お世辞ではなく、下心の無い、したたかさもない、傲慢さも無い、意地悪も無い、悪い意味など微塵も無いという意味の笑顔と言葉)で人々に接してみてませんか。

◆ご自身がより高く、より清く、晴れ渡る青く澄んだ大空の様な心を持つ・・・、人の苦難や難儀に接しては心から同情と慈しみの気持ちを持ち、悪を憎み義理人情に厚い。

◆そのためには、おれがおれが・・・という気持ちを収めること。したたかだと思う行為、傲慢で上から目線で人を見ることは慎んだ方がいいでしょう。

◆謙虚さは陰徳になり、これを積むことは運を良くする糧となり、ひいては自分と愛するものに良い影響をもたらすことになります。

◆より高く、よりき清く・・・清々しい日本晴れの大きな美しい青空のような心をもって生きていけば、どのような事態に遭遇しようとも大きな力が必ず守ってくれるでしょう。ご自分と愛するものを・・・

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温心堂コラム】第31回

《071120-1:とても大切なこと・・・》
◆ここにひとつの非常に大切なセオリーがあります。とても貴重で尊いセオリーだと思います。『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』にも登場する予定ですが、先にこの場でその秘密を少しだけお話します・・・

◆といっても、全て話してしまいそう・・・な気がするけれど、それもいいでしょう、秘法の言葉(秘密の言葉と魔法の言葉をくっ付けた言い方)・・・はいつ完成するかわからないからね(ToT)/~~~

◆では、ここでそのセオリーをご紹介しましょう。あなたの周りには頼りになる存在・・・リーダー的存在の方はいらっしゃいますか?あるいは父親的存在と言い換えてもいいかもしれません。

◆つまり、指導的立場の存在です。あるいは中心となるべきものです・・・。

◆そう、それは導いてくれるもの。まるで、荒れた原野の中に放り出されて途方にくれるべき私たちに、行くべき道を教え、あるいは大型のブルドーザーのようになってその道を整えてくれるもの。道標(みちしるべ)のようなもの・・・

◆考えてみればこんなにありがたいことはありません。分からないことを教えてくれて(あるいはヒントだけかもしれないけれど)、ときには手取り足取りで導いてくれるもの、時には叱咤激励してくれるもの・・・。

◆そのような存在がある場合、私達のこころは安定し、安心します。あの人についていけば心配ないと・・・。

◆さて・・・、ここからが大切です。

◆それだけで私達は、いろんな物事を達成することが出来るでしょうか?荒れた原野を切り開き、こっちだよと手を差し出して、引っ張ってくれる。こんなにありがたいことはない、めったにないかもしれない。それだけでもいいではないか・・・といわれると、そこまでしてくれたら文句は言えないかもしれない。でも・・・

◆私たちが途中で挫(くじ)けなければ・・・、あるいは私たちがいつもいつもそのものに対して期待を裏切らないように指導に付いていければ(私たちの努力が足りないという話ではありません)・・・です。

◆もうひとつ必要なものがあります。これがこのセオリーの眼目です。それは・・・

支えるものの存在・・・。ある意味、母親的存在です。これは非常に重要、相当大切なことなのです。『あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉』の中では《導くもの・支えるもの》として登場する予定です。あくまで予定ですが・・・

◆英語で言うとLead&Supportでしょうか?LSセオリーと言いましょうか・・・造語ですよ(^.^)。導きと支えのセオリーです。黄金法則みたいなものです。

◆強いていえば、《導くもの・支えるもの》のうち導くものは父親的であり陽を表し、支えるものは母親的であり陰を表します。父親的とは父性であり母親的とは母性を示しています。

全てを陰と陽に分けて考えるものどうかなと思いますが、陰と陽は互いに無くてはならないものを意味しています。

◆陰と陽はどちらかが無くなれば両方とも無くなる存在ですね・・・。

◆人はいつもいつも、つねにつねに、がんばれる存在ではありません。へこたれる時もあり、動けないときもあります。いつもニコニコしてばかりではいられません。調子のいいときも悪い時もあります。もうどうにもこうにもならない最悪の状況でさえあり得ます。

◆それを支えてくれるもの・・・辛い時を支えてくれたり励ましてくれるもの・・・その存在は必要不可欠なものですよね。

◆その存在は人の場合もあるし、ペットなど人以外のものの場合もある・・・。待っているもの、拠り所(よりどころ)・・・

◆苦しい時、凹んだとき、挫折した時、泣いているとき・・・例えば

◆たとえ刑務所の塀の内側に入ったとしても、出てくるのをいつまでも待っているもの、待ち続けるもの・・・、あるいは信じ続けてくれるもの・・・

◆実は、支えてくれるものが無ければ物事はうまくいきません。導いてくれるものだけでは足りないのです。こんな例があります・・・

◆チベット密教の寺院に行くと、男女両尊(ヤブユム)といって男性の神が膝に女性の神を抱いた像が多数みられます。男性の神は導くもの、女性の神は背後から支えてくださるものと理解されています。

◆これは究極の真理・究極の完成といわれるものですが、ヒンドゥーや仏教のタントラ(密教)においては最高の境地とされています。ここにおいても導くものと支えるものが存在するのです。

◆いま、サッカー日本代表のオシム監督が集中治療室で懸命な治療を受けています。オシム監督は指導者としての実力も魅力もカリスマ性も優れた方です。オシムは導く人・・・それを支え後押しするのは他のコーチングスタッフや日本サッカー協会、そしてサポーター(国民)です。

◆支えを失った瞬間、つまり陰陽の陰がなくなった瞬間、導くもの―つまり陽―は瞬時に消えてしまうでしょう。

◆私たちが苦しい時、辛い時・・・正しく導くのもがいるだけではその指導の通りに進めないことがあります。

◆それを陰日なたとなり励まして後押ししてくれるもの・・・その支えが強ければ強いほど、本当の安心と安定が存在するのではないでしょうか。

◆そして私たちも、時として大いなる支えや礎(いしずえ)として周囲の人々のために陰になり日向になり笑顔と忍耐で接してゆきたいものです(和顔愛語ですね)。最後にオシム監督の一日も早いご回復をお祈りします。

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温心堂コラム】第32回

【2007年12月3日更新】

《071203:とりとめもないことですが・・・》
◆デジャブー(既視感)という言葉があります。多くの方はもうご存知ですよね?・・・それは経験したことが無いはずなのに・・・なぜか前にも同じ場面が訪れたように思うことです。

◆心理学のページには、記憶の錯覚だと記しています・・・。でも、ほんとうにこんなこと・・・おこらないのでしょうか?ただ、単なる錯覚なのでしょうか?

◆その反対もありますよね。いま、やったばかりのことさえ覚えてない・・・その場合は、記憶の錯覚とはいえないでしょ。記憶喪失でもないし・・・タラーって汗が吹き出ますが・・・、それは単に物覚えというか、度忘れというか、記憶力の低下・・・っていうか、そんな時はほんとドキッとしますよね。

◆えっ・・・、なんでなんで???なんで思い出せないのぉ・・・私自身は自分の不甲斐なさに、あるいはこのまま何も思い出せなくなっちゃうんじゃないかって・・・ちょっと凹んでしまいます。よく知ってる芸能人なのに・・・とか、昔一緒に仕事したよな〜なんて人に限って思い出せないことがあります・・・ちょーヤバッです。

◆昨日飲んだ酒がまだ残っちゃってるのかしら???タバコの吸いすぎ?テレビの見すぎ??そういえばこの頃、本読んでないわ・・・記憶するってこと、学生のときに比べるとてーんで少ないもんですから・・・(ーー゛)なーんちゃって。

◆もう若くないから当たり前よね・・・それ相応の年齢の記憶力だもん、無理しないでおこ〜っと。といって開き直っていませんか?でもね、そういう場合に限って心の底ではたいていすっごくヤバイ・・・って思ってるはずですね(^.^)!?

◆記憶力にはやはり訓練が必要です。ひたすら訓練すること、そして自分に負荷をかけることです。何事もそうですが、どうしても緊張感が無ければ(やる必要の無いことは)どんどん削除されてしまいます。無駄とはいいませんが、やはり淘汰されてくるのです。

◆ひとが歩くのをやめると、足はどうなるでしょうか?鳥が飛ぶことをやめたとき、ふたたび大きく飛びたてるでしょうか??人間の考える能力も、覚える能力も同じことではないでしょうか

◆最近ではパソコン入力のせいか、書くことが極めて少なくなってしまっています。漢字を書くことも少なくなり、手書きで書かなくてはならないときに思い出せないことも多々ありませんか?

◆ITによって便利になったことは確かです。時間が短縮され、手間も省け、娯楽も増え、煩わしさがなくなり、ほかの仕事に労力を振り向けることができ、人生のチャンスも拡大され、ビジネス的にも成功する人も増えてきました。

◆ユビキタス社会の到来です。どこでもいつでもどんな人でも・・・でもね、一方で忘れられることも多いのも事実ですよ。

◆例えば・・・人は命と魂を持つ生物であり、現実に食べなければならないし、住むところや人による手助けがなければ生きていくことが出来ません。

◆よく、デジタル人間とかアナログ人間とか・・・そういう言葉を使いますが、そもそもデジタルとは、量の数値化とか離散値とかいう意味の言葉ですが、概念的にはすなわちドライというかスパッと割り切ってしまうような印象・・・よく言えば心地よい爽快さ、良い物は良い、悪いものは悪い、その間は無し。

◆アナログとは量をそのままに捉えた概念で、連続したもの、あるいは誤差を伴うものです。どちらかと言えば人らしいもの・・・例えば義理人情、ドライよりもよりウエット、割り切れない印象です。良いものも悪いものもありで許容し合えること。

◆デジタルはデジタルで必要なところは絶対に必要ですが、アナログも同様に必要です。とくに人や生命、大自然、心や精神心理、また真理など魂に関すること、‘気’の世界・・・アナログ的でしょ(~o~)

◆ところで、話は最初に戻ります。そのデジャブー(既視感)ですが、ずっと若い頃・・・1980年頃ですが、バックパッカーみたいにリュックと寝袋を持ってヨーロッパに21日間の一人旅をしたときのこと。エッフェル塔に登って東の方(おそらく)を見たときのことです(あるいは西の方だったかも・・・)。

◆自分はあそこに住んでいた・・・って思いました。真剣に思いました。私は前世でフランス人だったのではないかって!!??そしてベルギーに寄ったとき、確かブリュッセルでのことですが、イスラム系の人々が暮らす通りにはいったときに、なんとなくどうしてもやるせない気分になったことがありました。特にスカーフをかぶった小さな子たちを見たとき・・・。

◆さらに中国留学中に旅行したとき、チベットの寺院で暮らし修行するオレンジ色の袈裟をつけた3歳くらいの小坊主達を見て、ずっと以前はここにいたんじゃないかなって真剣に思いました。

◆私達は今この世に生まれ、多くの人々と多くの世界と関わりを持ち、自然と対話し、世間の荒波に揉まれ、苦労が耐えない世知辛い生活を送っています。

◆人々は同じ時間と空間に存在し、生き、苦しみも悲しみも喜びもそれぞれにですが体験し、味わい、そして耐え忍んでています

◆良い日もあれば悪い日もある。台風や嵐の日もあればそれらが去って爽快に明るい日本晴れのような日もある。いまここで暮らしていて、この年になって初めて感じた初めて理解できたこともある(今より若ければ理解できなかったかもしれない)。

◆出会いだってそう、チャンスだってそう、いまだからこそ貴重さが分かり、いまだから深く理解され了解され信じられることがある。

デジャブー(既視感)は本当かもしれないし単なる記憶の錯覚でしかないかもしれません。でも、チベットで出会ったひとびとがどのような気持ちで信仰しているか…それをすんなりと理解することは出来るし、フランスで粋に(??)暮らしていた様な気持ちもわかる・・・(妹と年取った母と暮らしていた気がしています。親友がいて大きな煙突があったような感じがし、植物に囲まれていたような)・・・・・・記憶の錯覚でしょうか??

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温心堂コラム】第33 回

【2007年12月17日更新】

《071217−1:感謝するということの意味》
‘ことだま’ってご存知ですか?
『言霊』と書きますが、昔から日本では言葉には神秘的な力が潜んでいると思われていました。言葉にするとなぜかその通りになる....不思議ですね。

◆実は現代の私達も普段、無意識にそのように実践しています。私達が普通に過ごしているとき、自分や家族、周囲の人達にたいして嫌な(不吉な)言葉を発することはあまりないでしょう。もし思わず言っちゃったら....大慌てで訂正しませんか?「いや、そんな事は無いから....」とか、「いやそんなんじゃなくって〜」とか....。

◆喧嘩したときはって???
そんときゃぁ、少しくらいはあり得るかも(>_<)。

◆また、良い事をいつも考えて口に出したりしませんか?一生懸命にがんばってるんだから必ずうまくいくよ。私は絶対に成功してみせる....。しあわせになるんだ!人は自分や仲間達が幸せでうまくいくことを願い、そのように言葉にします。これが力をもたらしますよね。

◆よく、ジャーナリズムや報道、書籍などのメディアに訴える意味で思想の自由や民主主義などの観点からいう言葉の力というものもありますが、『言霊』はそういう意味ではありません。

◆もっと原始的、元素的というか、『言霊』の漢字が表すごとく、ある種シャーマン的・霊的な目に見えない自然の力そのものであり、その言葉を発するとその人が影響を受ける、結果的にそうなるという予言を含めた、重くのしかかるパワーというような意味です。

◆もし、人類から言葉を奪ったら....どうでしょう?
想像してみてください。そのとき人類はどんな生き物でしょうか?まともなコミュニケーションがないので意思の疎通はほとんど無く、文明も文化も無い状態....、犬や猫、小動物と同じレベル?
もし同じレベルなら、どうでしょう?そこはどんな世界でしょうか?

◆このような世界を想像して直感的にわかることは....我々人類が出現する以前、この地球に様々な動物や生命体がいたとしても、それらはただ単にいたということしかならない世界であったということです。いたということすらどうでもいいような世界です。

◆なぜなら、そんな生命がいたことを誰が証明するのでしょうか?大宇宙からすればほんのわずかな現象に過ぎない事でしょうに。

◆いま私達がいてはじめて過去を振り返ることができ、いろんな生命が進化して私達に繋がっていたことがわかるのです。人の脳がこれほど発達しなければ想像も研究も記録もできなかったことですね。

◆人類が脳が発達するためにはいくつもの段階を経る必要があったけれど、コミュニケーションの能力の発達、すなわち言葉がその鍵を握っていたにちがいありません。

人類に言葉が無ければ、考えることは無く、思考も無い。脳も発達しない。すなわち今の人類はいなかった。

◆人が言葉を持って思考し、言葉がコミュニケーションを呼び、個から集団を形成し、やがて大きな力になって文明や文化を形成した。これは明らかな事実でしょう。

◆SFの世界ではテレパシーなどを使ったりもするでしょうが、これは現実的ではありませんね。

◆『言霊』に戻ります。
言葉を発する時、そこにはその
言葉としての意味があり、そのひとの思いや意志、信念などがかぶさってきます。

◆そのひとが考えていることを表現できるのは言葉だけです。言葉としてしか表現できない以上、言葉そのものがその人の思考の力であり原動力でありモチベーションなのです。

◆ヒトが言葉を発するとき....それは自分に語りかけるか他の人に語りかけるか、それ以外に語りかけるか....そのときによって語りかける相手は違えいますが、自分が発することに違いはありません。

良い言葉....それは相手を癒すと同時に自分をも癒す力を持つ。そう考えることは間違っていないように思えます。

例えば、苦しい時や悲しい時、辛い時に涙を流して耐えている人を見たとき、同じ思いを分かち合って同情の涙を流し、慰め力づけ、労わる....。

◆自分が本来あるべき方向を探し出し、自分の求める理想と夢・願望を口に出した時、その言葉の持つ念が力となって前に進むきっかけを与え、縁を生じ、縁が縁を生み、繋がっていく。

◆でもどうしてそうなるのでしょう?
私的には、肉体が聞いているから、かもしれません。肉体の意識がそれを理解してそうするように進む可能性はあります。肉体とそれを取り巻く波動がその現実に加わる可能性もあります。

◆当然そのためには、言葉に出すだけでなく、たゆまぬ努力(あるときには血のにじむような苦労)と時間を重ねていく必要があります。

◆しかし、それを生み出す原動力....それが言葉であり、信念を持った思いではないでしょうか。

《071217−2:感謝するということの意味》
◆よく、感謝をすると良いことがあるよ、とか、ありがとうはすごくいいことばだよ(魔法のことばなど)と言われます。うん、そうだな、前述の理論から言うと信念のこもった『ありがとう』はいいことばにちがいない。和むし....。なにがあっても「ありがとう」が必要だ。

◆わたしはこのことについては??です。
良いことが起こった....ありがとう。⇒それは何に対して??自分の運のよさに対して??
悪いことが起こった....ありがとう。⇒試練を乗り切るためにスパッと気持ちを切り替えることができるから??

◆ありがとうが感謝の言葉として良い言葉だからかしら?ありがとうの真の意味、『言霊』として持つ力が全てをうまく運ばせることになるのでしょうか?実はもっと重要なことが抜けているように思えてなりません。

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温心堂コラム】第34 回

【2007年12月30日更新】

《071230−1:2008年の予想》
◆いまから来年の予想・予測をします。大まかで大雑把で大変恐縮ですが、あたるも八卦あたらぬも八卦で申し訳ありませんが次のような感じかもです・・・

◆そのまえに・・・、新横浜も2008年から大きく変わりますよ。JR新横浜駅ビルの開業が3月26日だそうで、ビックカメラや三省堂書店、他多数のショップが入り、また陸橋の新設によって人の往来が大きく変化することになります。

◆JRAの場外馬券売り場がラーメン博物館のすぐ近くにできます。いろいろな環境も変わっていくことでしょうね。心配な要素でもあります。

さて、来年はどういう年になるでしょか?
九星でみてみましょう(九星とは一白水星から九紫火星までの9つに分けてその動きや盛衰をみる占星術です)。2008年は1白水星の年です。

◆一白水星は水の性質をもち水の象を表すので水に類似関連した動きと性質を醸し出す年といえます。ですから、水とその性質に関しての問題がクローズアップします。

◆水は緩やかなときはいいですが、ひとたび激流になると大変です。世界も日本も今年より激動の年になりやすいといえるでしょう。

政治も経済も水のように動きます。それは水が器どうりになることと同じで世界の潮流時代の流れに沿って動かざるを得ないようになります。

災害では台風、高潮、洪水、土砂災害、そして旱魃(かんばつ)です。水は小規模ならば人力(英知)でコントロールすることが出来ますが大規模の場合は無理かもしれません。

北京ではオリンピックが開かれますが、水の問題は中国でも深刻です。経済的には水の性質のひとつである激流がおこり一部は泡(バブル)も生じそうです。特に中国が絡むと世界規模になる可能性があります。

世界規模の株価暴落や地震による世界規模の津波、ハリケーンなど、それらによる被害が心配です。

地球温暖化により北極の氷が融けて海面上昇を起こし、海水温の上昇により被害が増大するのは2008年からかもしれません。

人口がさらに増大する懸念もあり、水質はさらに悪化し環境も悪化すれば当然世界の利害関係が顕在化しますから、時には理性を超える時があるかもしれません。

石油は燃やせば火となりますが、石油自体は水の象を呈します。したがって水と同様に激動するでしょうし火とはすなわち武力や戦闘を意味しますから、ふたたび大きな戦乱や戦闘が巻き起こる可能性があります。

◆人口の増加、食糧難、戦争や戦乱の可能性、地球温暖化や環境の悪化・・・
はたして人類の生存はどうなるのでしょうか?
水は全ての鍵を握っています

◆人類がこのまま野放図に人口増加や生産の増加、環境汚染を放置するとどうなるか?その答えは明らかです。地球上は人や生物が住める場所ではなくなってきます。温暖化対策でも、ここ数年が山場であり、一年一年が大切です。

◆ただでさえ水問題は深刻です。例えば、ヒマラヤの雪解け水は下流のインド・パキスタンそして中国の大平原を潤していますが、雪解け水が減少するとその地域の人々の暮らしはどうなるでしょうか?聖なるガンジス川で水が不足した場合どうでしょう?

◆温暖化が進むとアマゾン川が干上がることが既に解明されています。アマゾンと熱帯雨林は地球の命を支える温室です。そこに降る雨が広大な森林ジャングルを支えています。

◆アマゾンが干上がって砂漠化したとき、どれくらいの二酸化炭素が放出され、温暖化にさらに拍車がかかるか・・・じつはそれも計算されています。皮肉なことですが、これは近い将来現実に起こりうる最悪のシナリオのひとつに過ぎません。

《071230−2:アンゴルモアの大王の出現
◆環境破壊が続くと、地球温暖化とともに酸性雨や成層圏のオゾンホールが出現します。

温暖化を甘く見てはいけません。我々日本人は日本の抱える膨大な借金の事実を知りながら、実際の痛みを知ることなく今日に至っています。目の前にある年金問題が焦点となるのはそのためです。

◆その真の恐ろしさは、それを作った中枢の政治家や官僚達でさえわからない未知のことなのかもしれません。国債の発行を担当した当事者であるご本人達でさえ気付かないこと・・・これほど不気味なことがあるでしょうか?

◆国が借財でデフォルト(債務不履行)になると国民生活も破綻します。経済はIMF(国際通貨基金)によって制約を受けます。占領されるのです。

◆まずは再建からはじまります。立て直すことからはじめなければなりません。何かなら何まで現代に住む我々には初めての経験です。

◆温暖化の恐怖も・・・それは起こって初めてわかることです。もう後戻りできないかもしれない・・・恐らく、たぶん・・・未来を担う子供たちや孫たち、子孫達に決定的なツケを残したかもしれません。

◆これ以上国債の発行を増やさないことは、日本の将来のため、そしてこれ以上温暖化ガスを増やさないために工夫することは地球全体のためです。

◆両方とも今ならまだ間に合うかもしれません。2008年は水の年です。水は前に述べましたようにコントロールを誤って、荒れ狂い、その怒りが頂点に達すると大きな被害をもたらします。

◆しかし、水は空気や大地とともにわたし達にとって絶対に必要で欠くべからざるものでもあるのです。その恵みのもたらすものは計り知れないくらい膨大であり、その恵みは豊かです。

◆水は全てを豊かに潤し、また全てを洗い流し浄化して清めてくれる。その恩恵を受けないものは無く、またその貴重さを知らないものもいない・・・

◆恐らく今後数年間、人類は多くの未知の経験をすることになるでしょう。乗り越えられればよし、もしそうでなければ・・・・・・。
そのようにならないようがんばりたいものです。

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温心堂コラム】第35回

【2008年1月14日更新】

《080114−1:2008年に向けて・・・》
◆2008年1月も早半ばを過ぎてしまいます。時の経つのはあっという間です。今年が来年に変わるのにも、それほど実感は無く、時間だけは粛々として、あっという間に過ぎていくはずです。

◆私達は時間の中にいます。時間とともにあり、時間とともに過ぎていく(生物として代謝・老化していくという意)存在なのです。

◆今まで何度も述べましたが、今年は一白水星の年です。それは‘水’を象意とし、水の性質を持つものです。水のようにゆったりともまた激流のように激しく強烈にも動く年になるでしょう。

◆どちらかといえば激流ですが、今年は中国がキーとなります。中国の方が意識するしないに関わらずであり、良いとも悪いとも言えません。

◆年初から株価が乱高下をしています。株をはじめ金融の推移は水の性質に似ています。お金は常に流動するからです。溜まったり余ったりすると水かさが増すようにどんどんと膨れ上がり、最終的に亀裂や破れを生じ、弱い部分に向けて大量に流れ出していきます。

2008年という年の意味が分からなければ、危険を回避することも出来なければ、そのチャンスをも見失いかねません。私のいう意味・・・それほど難しくは無いのでお分かりになるでしょう?

◆さらに、水というものもはエネルギーと直結します。前にも述べましたように、石油は液体であり、水の性質を踏まえた対処が必要です。いまはそれが莫大なオイルマネーを呼び、先物取引で空前の高値となり、個人や企業の経営を圧迫し、ひいては金融不安を生み、その意味で大変な災害をもたらす場合があります。

◆経済的には、具体的に言えば日本以外でバブル化する現象が起こる可能性があります。どこで起こるかまでははっきり言えません。

◆医療をはじめ科学分野ではめざましい発見が成される可能性があります(これ以上詳しく語れません)。また、代替エネルギーに関しても光明が現れるでしょう(これより遅ければ人類にとってもはや地球は安全ではなくなります。危険水域に入るから、ぎりぎりの事と言われても仕方ありませんが・・・)。

◆日本の政治はある意味ではチャンスを迎えますが、今の日本には自分の事だけに関心のある政治家や官僚しかいません。現代の日本の政治は外からの誘発や働きがなければ自らどうにも動きようがない、単なる甕(カメ)に入った水のようなものです。自らなんら決められない宦官みたいな存在(石原新太郎氏がずっと前に言いましたね)です。

◆ところで、宦官とは自らの意志で男性の睾丸を除去した人たちのことです(一部は史記を書いた司馬遷のように刑罰として宦官にさせられた人もいます)。日本では考えられないことですが、それを伝統としてきた中国では人を変形させることはそんなに難しいことではありません。

◆纏足(てんそく)という伝統をご存知でしょう?さすがに今はいないようですが、数十年前までの中国ではそんなに珍しいことではなかったようです。幼い女性の足をいろんな方法で変形させて逃げないようにさせることを意味します。現代で行なえば虐待ですね。

◆宦官たちはある意味男性としての一方の欲望を自らの意志で断ち切ったわけですが、どうして何でそこまでして何を得ようとしたのでしょうか?彼らが得ようとしたことは人間の究極の欲望ではないでしょうか?

◆子孫を残せない彼らが願うことは、宦官である彼ら一族としての権威と権力であることに他なりません。皇帝を自らの欲望のままに操ること・・・、そして彼らのみのための繁栄を欲しいままにすること。(恐らく石原氏が言いたかったことはこのことではなかったでしょうか)。

◆そのために、政権が変わると旧権力の宦官たちは新しい権力者によって国賊のように扱われ、旧権力者と共に多くは殺されてしまいました。しかし、宦官の道を選ぶ者はその後も後を絶たちませんでした。どうしてでしょうか?その理由は、宦官は為政者にとっても大いに利用価値があったからに他なりません。

◆話を元に戻しますが、水は元来おとなしい性格であり、まわりから温められたり冷やされたりするとその性格を変えますが、それ以外は温度によってじわじわと蒸発するのみです。器によってその形を変えますから相当素直な性質ですよね。

◆要するに、水は従順で温和でもあるということです。素直で豊かなやさしい気持ちを持てば、水も簡単に利用する事が出来るものであり、素直に純粋にその流れに従えば敢えて逆境の道を歩まなくても済みます。

◆そして、何よりも水はその姿を変えやすく、変化に富む性質ですから、いろんな変化にアンテナを張っておくと、変化をチャンスとして捉えることができるはずです。

◆具体的に言うと・・・これから先の話は出血大サービスですが・・・、『輸送・エネルギー・特に水に関することや環境問題・大気に関すること・氷や雪に関すること・電気や電力そして原子力・造船など』に目を向け、最後に『植物と金属関係』そして『代替医療』に関して関連する項目をチェックすることです。

◆前にも申し上げましたように、この地球上で生まれ、地球にはぐくまれて育った私たち人類や他の生物は、どんなにあがいた所でその環境から脱することはできず、また環境に逆らうことも出来ません。この地球で生まれこの地球とともに命を全うするだけです。

◆水は空気や大地と同じく、私たちにとって掛け替えの無い貴重な存在であり、敢えて素直に扱えいさえすれば私たちにとって脅威とはなり得るはずはありません。とくに私たち日本人はそれを至極当たり前のように受け取り享受してきました。そして水がもたらす自然災害の恐ろしさも十分に分かっているはずです。

◆日本の将来は皆で考えなければなりません。水の象を表す今年は日本にとって未曽有の年になるに違いありません。北京オリンピックではメダルラッシュになるか、そうでなければほとんど取れないかのどちらかでしょう。また、日本国債が大化けするか大打撃を受ける可能性もあります。日本の将来が心配ですが今年はチャンスにも恵まれる年ですよ。

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温心堂コラム】第36回

【2008年2月2日更新】

《080202−1:今年になって感じること・・・》
◆2008年1月はあっという間に過ぎてしまいました。今まで何度も述べましたが、今年は一白水星の年であり、それは‘水を表し水の性質を持つ年です。水を象徴するがゆえに水のさまざまな性質が見え隠れします。

◆水は性質上おとなしくもあり激しくもあります。水を侮(あなど)ってはなりません。水は貴重で大切なものであり、清らかで尊いものであり、また、誇り高く冒すことの出来ないものでもあります。たかが水と高をくくってはならないのです。

◆人をはじめあらゆる生物は水なくして生きることは不可能です。水は尊いものであり水を求めて多くの生き物は彷徨(さまよ)うのです。水は金を生みます。これはほんとうのことです。

年初からの経済情勢・・・とくに株価の動向、それに関連する為替、投信などの金融商品をみていると・・・サブプライムローンに引きずられていませんか?

◆水は高いところから低いところへ流れるものです。バケツの底がざるのようになっていればどうなるでしょうか?あっという間にざるを通り抜け、地面へと吸い込まれていってしまいます。そうなんです・・・恐らくこれは何らかの手を打たずして収まらない‘ざる’のような構造をしているものです。

◆低所得者向けのサブプライムローン・・・すなわち‘底’を意味します。これは水の年、すなわち本年にとって相当難儀な流れになると予測されます。

◆どうしなれけばならないか・・・要するに、ざるの目をふさぐ手立てを講じることが必要です。また、水ですから当然バブル(泡あわ)となってきます。現在の都心の地価は上昇をしていますよね。しかし、これはバブルとみてよいかもしれません。景気が良いからと一方的な思い込みは禁物です・・・。

◆世界的にみても同様な事が多数起こります。みな、水と関連していると思ってよいのです。水をイメージしてその尊さや貴重さありがたさ、そしてその性質をよく考えて予測し行動すれば流れに逆らわず日々を送ることが出来ます。

◆やたらに流れを断ち切ったり、堰止めることをしないことです。スムーズな流れを第一に考えてください。金銭も人事も物流も交流全てにおいて滑らかに遅滞なく、しかも円満におこなうことが肝要です。遅滞させてはいけないものはそうさせないほうがよいでしょう。

◆心の中で、水の清らかに流れや雄大な光景、太陽や木々の緑、吹き抜けるあたたかな優しい風〜、生きるものを育む天からの大きな恵みとして水のありがたさを思い描き、そう願うことです。

◆サブプライムローンは今後どうなるでしょうか?問題解決に向けて様々な取り組みがなされるでしょうが、水はいろんな隙間に入り込んでいったんは見えなくなってきますが、いろんな関係でふたたび集まってくることも容易そうですね・・・、時間はかかりそうです。

《080202−2:最近感じていること・・・》

◆最近気功をやっていて思うことがあります。時間は僅か30〜60秒ですが、目を閉じてその方を見たり、背後を見ると、その方を守っているような存在を感じることが多々あります。

◆目を閉じているわけですから、なんらかの残像や単なる影のようなものを引きずっている可能性はあると思います。

◆自分自身の思い込みかなとも思いますが、一応その背後の存在に畏敬の念をもって接するように心掛けています。

◆人はみな一人では生まれることが出来なかったし、生きていくにも人の手を借りなくてはなりません。ご両親がいたからこそ生まれることが出来、生れ落ちた瞬間からご両親をはじめ多くの人たちに面倒をみて貰い愛に包まれて育つわけです。

◆生まれるまでと生まれた後も自分以外の人間が介在してやっと一人前です。そう思うとご両親・兄弟・友人・隣近所の方たち・地域社会すべての人たちの世話になったり、助け合って生きるということが自然な流れとるのですから、それなりに認めあい謙虚に対応することはすごく大切ですよね。

◆私が気功をするとき・・・、その方の背後にいらっしゃる大きな存在のお力をもお借りしているような、あるいはお借りしなくてはならないような感じがしています。(これはすごく大切なことだと感じます)。

◆人はどんな存在なんだろうか・・・とよく思い、悩みます。結論は出ませんが恐らく未知なる存在であり、科学的に言うとどこまでも波動的な存在なのでしょうか・・・?

自分一人くらい、最初から誰の力も借りず生きてやろうと思うひとはいないとは思いますが、実際にはほぼ不可能です。自分勝手に生きることはできますが、どうしても必ず他の人を巻き込むことになるはずです。それでは不徳を積むことになりますし、返ってルールに反することかもしれません。

◆ここはひとつ素直に、謙虚になって人の世話になり、あるいは世話をし、お世話になった時はお礼の気持ちを表し、喜んで慎んで生きるという気持ちが必要かもしれませんね。

◆仮に・・・、背後に大きな力の存在がいらっしゃるとして・・・、もしも何か困ったことなどが起きたとき、ご自分は一生懸命努力するとして、あとはその大きな力の存在にお任せし、あるいはお願いしてみてはいかがでしょうか?

◆事がうまく運んだり、願いが成就したときには、ありがとうございましたと感謝しなければいけません。以前、感謝にはその対象が必要だと、述べたことがあります。重複するかもしれませんが、感謝の言葉をただ言うだけでは底のない空洞に言っているにすぎません。

◆感謝の言葉を言う対象とは、実はその大きな存在のことです。その存在は言葉を変えるといろんな意味になります。宇宙を創った方だとか、神とか、仏とかあるいは今は亡くなられたけれど小さい頃にかわいがってくれた方あるいはご先祖とか・・・。

◆どの方だとかを特別に決める必要はないかと思いますが、その人を護りその人のことを心から心配し、愛し見守る存在だと思ってください。

◆このことを考えると、どの人も最初から一人ではないことの証(あかし)なんだと思われてなりません。

(注)このことについては、別にお話をするべきだと思っています。あなたがひとりでないこと、すでにどなたかの指導の下に入られているかということ・・・それはけっして単純なことではありませんが、注意を要することのようです・・・。(この文はトップページのコラムに追加したものです)。

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温心堂コラム】第37回

【2008年2月15日更新】

《080215−1:経済予想》
◆2008年2月も半ばを過ぎ、春も間近という頃になりましたが、一白水星の象意の通り、経済状況や活動も潜んでは現れ滲(し)みこんではまた現れるという‘水故の性質を表します。サブプライムがそういう性質で突如として出現します。

◆私の予測では情勢が悪化する時期は5月、8月、11月....これはある程度の予測です。1月はもう終わりましたね。また10月も懸念される月です。

◆もっとも危険な月は9月....このときは経済だけではありません。すなわち8月から11月はある程度の危機感をもって臨まなければなりません。闇雲(やみくも)に恐れてもなりませんが高を括(くく)ってはなりません。肝を据えてかからなければならないのです。

◆この時期はオリンピックも重なります。いったん収束したかに見えるサブプライムローン問題は水が土や地表の割れ目に滲み込んでふたたび集まって土石流(どせきりゅう)のごとく表面化するのです。

◆何故サブプライムローンはこうも続いていくのでしょうか....?サブプライムが問題となった昨年は九紫火星(きゅうしかせい)といって火を象徴とする年でした。では、火の象意(意味するところ)とはなんでしょうか?

◆それは争いであり、実が伴わない空虚な煌(きら)びやかさ、はかない美しさであり、小賢(こざか)しい智恵でもあります。

◆サブプライムとはまさにその年に表面化した、人間の小賢しい浅知恵から生み出された産物であることは否めない事実です。表面的で実質を伴わない利益だけを追求したマネーゲーム、すなわち人の目先だけの欲によって作り出された怪物のようなものです。

◆火から生まれた(表面化)したものが、皮肉にも水の性質を帯びて漂っています。さらに....

◆世界的にみても同様な事が多数起こるでしょう。それらはみな、水の性質を帯びていると思ってよいでしょう。もしテロが連鎖して起こる場合、その流れを断ち切ることはかなりの困難をともなうかもしれません。水の流れというものは容易には断つ事などできないからです。

◆しかし、その場合でも流れの方向を変えることは可能です。むしろ、大局を見て大英断をもって流れを変えることは必要なことかもしれません。

◆やたらに流れを断ち切ったり、堰止めることをしないことです。スムーズな流れを第一に考えてください。このことは前回も述べましたが、水の性質上流れを止めて溜めることは、すなわち“腐る”ということに他なりません。また、堰き止めて大崩壊を招くことにもなりかねません。

◆水をある方向、スムーズな方向へ流れを変えてみることは大切なもの、掛け替えの無いものを守る一つの手段としては有効であり、一考に価すべきものだと思います。

《080202−2:人間万事塞翁が馬》
◆塞翁が馬という故事をご存知ですか?詳細は省きますが、人生は良いこともあるし悪いこともある....良い事がどこまでも続くわけではないし悪いことも結果としては良いことに続くこともある。

◆重要なことは自分を信じることです....それはとても大切なことです。自分や家族の運命というものは決して思うようにはならないけれど、人生のうちには敢えて困難な道を進まなければならない場合もあります。

◆挑戦する心を持ってそれを乗り越えてこそ、人が人たる所以なのかもしれません。困難は人生に付きものであり、避けようのないことでもあるからです。

◆それらを避けて避けて避けまくって生涯を生き抜く方法もあるでしょう。楽な方向、楽な方向へと自らをもっていくやり方です。

◆しかしどんなに避けたとしても、避けられない運命というものは存在します。生老病死はそのひとつです。時代や状況による過酷な運命に翻弄されることだってあります。

◆戦争や天災、人を縛り付ける様々な困難な状況....。私たちの周囲には自分達にはどうしようもないような目に見えない様々な力が蠢(うごめ)いています。

◆個人の力ではどうしようもない力....というものは存在します。どんなに避けたくても避けられない大きな力....ある種の大きなカルマ(業)です。

◆私達はそれに対してあまりにも無力ですが、自分のやるべき道、果たす役割というものは確固としてありますし、敢えて困難に立ち向かってチャレンジする精神は忘れてはなりません。

◆苦労すれば苦労しただけ心は成長するものです。自分を信じて困難に果敢に挑戦しそれを乗り越える・・・信じるということはすばらしいことですね。

◆ずっと以前にこんなことを書いたことがあります。ある人がいて、時間が経過して10年経ったとします・・・その人の10年という歳月の生き方には2通りあります。

◆ひとつは、毎日毎日を平々凡々に過ごすやりかたです。敢えて特に何も変わったことはせず、日々の仕事と暮らし・・・テレビを見て酒を飲んで、ごく普通に過ごす。

◆もうひとつは、挑戦する生き方です。自分の理想と希望を達成するために敢えてチャレンジし、たとえ困難なことがあっても敢えてそれに挑む。それは他人には決して理解できないかもしれないけれど、自分にとって価値あるものであり成すべきものである。

◆年月は平等です。10年であろうがそれ以上であろうが両者に及ぼす時間の経過というものは同じです。

◆どちらの生き方が正しくて、どちらが間違っているとは言えません。人の生き方や価値観・人生観は様々で誰に評価されるでもなく、それは自分でしかわからないことだからです。

◆10年という年月が過ぎたときに、改めて自己を振り返った時にはじめてどういう自分がそこにいるか、それによってこの歳月が、そして自分というものの価値が分かるような気がします。10年後の先に自分がいるとして、どのひとも今スタートラインに立っていると思えば、今このことを考えるのは無駄じゃない気がします。

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温心堂コラム】第38回

【2008年3月5日更新】

《080301-1:fのイメージの新しいversion-1》
赤ちゃんが欲しいと思っていらっしゃる方々に改めてお伝えしたい事があります。全ての方々にお役に立てるかどうかは分かりませんが、私が考えたイメージ法があり、少なからず効果が上がっているようですのでここにご紹介申し上げます。

◆昨年の2月頃からはじめたのですが、不妊の方に対して『fのイメージ』を用いた気功をおこなうようになりました。妊娠を希望する方のお腹(子宮)の中にすでに赤ちゃんがいるというイメージを持つ方法です(温心堂コラムPART1第18回)

赤ちゃんが授かったり、健康や幸せに繋がるものなどが手に入ったりするためにはどのような事が大事なのでしょうか?

◆ご家族やご家庭が平穏無事であり、家内安全であることはその地域や地方、そして国土安穏ひいては世界の安定につながることだと思います。

◆決して私利私欲や欲得のために願うことでなければ、叶って当然である気がしないでもありませんが、現実にはそう易々と何でも思うようにいくというものでもないですし、ただ待ち続けるだけで何もしなくてもよいはずはありません。

◆自分自身も出来る限りの努力をし、辛抱するときは辛抱や我慢もし、忍耐強く続けなければならない場合だってあるはずです(むしろこの方が断然多いですよね)。

◆ひとの望みのほとんどは欲から出てきているものともいえます。この場合の欲とは我欲であり、自分勝手な欲望であり、お金が欲しい・○○になりたい・○○で働きたい・旅行に行きたい・恋人がほしい・結婚したいなどなど・・・。

◆恋愛や結婚などはそれ相応の年齢になると誰しもが持つ欲求や感情ですから一概に自分勝手な欲とは言えないけれど、やはり程度の問題ともいえるでしょう。

◆これら我欲に基づいた願いを叶えることは出来るかもしれないけれど、大変な努力が必要だったり、大きな犠牲を払うかもしれません。

◆しかし家族を持ちたい、子供を授かりたいと思うのはごく当たり前のことであり、至極当然で、どの人が考えても、誰にとっても理解できる自然な感情です。ですからどうにかして、なんとか授かるようにお手伝いできないかといつも思っています。

◆現代の不妊治療は最先端医療のひとつであり、それによって妊娠率も向上しています。不妊検査によって不都合なところがあれば治療するべきといえるでしょう。

《080301-2:fのイメージの新しいversion-2》
◆さて、もともと『fのイメージ』とは、赤ちゃんが既にお腹にいるということを既成事実として身体に確認するという方法です。

◆卵巣の卵胞が大きくなって排卵し・・・とか、精子が卵管を泳いでとか・・・、精子と結合して受精し・・・とか、受精卵が卵管を通って・・・とか、イメージにはさまざまありますが、そんな長くかかるイメージ法ではありません。無意味とは言いませんが・・・。

大切なのは、大事な大事な愛すべき赤ちゃんが既にあなたの子宮の中にいる(という既成事実)を受け止めれていただければよいのです。これは赤ちゃんが欲しいという希望に基づくものではありません。赤ちゃんは既にあなたの中にいるという事実を確認するのです。この場合、既に希望ではないのです。既にそこ(子宮の中)にいるのです。

◆この概念はある意味難しいかもしれません。人は感情の中では‘そんなはずはない’とつい思ってしまうからです。自分達が現実的にいつもと同じの状況にいて、いつもの生活をして、現実はこうこうである・・・という概念(こういうことをパラダイムといいます)をしがちですが、それはこの際考えないことです。

◆何度も言いますが、赤ちゃんはもう既に自分のお腹の中にいるんだと考えてください。そしてイメージします。前回とちょっと違いますが、手のひらに乗るくらいの小さな赤ちゃんがお腹の中にいると考えてください。

◆目を閉じて、赤ちゃんをイメージします。赤ちゃんは子宮の中で元気に過ごしています。動いています。手のひらに乗るくらいだから、まだまだおちびちゃんだけど、すごく元気です。

◆ここで大切なことは、あなたはこのちびちゃんに対してご自分の愛情を伝えるということです。その愛はどの愛よりも深く広い・・・どんなことがあってもその子(我が子)を愛し全てをかけて守り育む・・・。そういう心の底からの強い愛の感情をもって『授かってくれてありがとう』と伝えてください。心の底からということは上辺だけではだめですよ、ということです。

◆ここで重要なのは『授かってくれてありがとう』と過去完了形で言うこと。既にあなたのお腹の中にいるのだから、希望で物事を言っているわけではありません。だから過去完了形でなければならないのです。

◆『授かってくれてありがとう』と単に言うのでなく、心の底からの愛をもって伝えるのです。ここでいう伝えるとは心に染み渡るように相手の心に届くように刷り込むように伝えるのです。いくら愛が深くても心が伝わらなければどうしようもない・・・。

◆それに対して赤ちゃんはあなたのほうを向いて喜んで‘うん’といってうなずくのです。そこまでのイメージが重要です。

◆以前、ありがとうはありがとうの対象が無ければならないと述べた事があります。この場合は、授かってくれた赤ちゃん、愛の対象である赤ちゃんがそれに当たりますが、もうひとつ、伝えて欲しいところがあります。

◆それは、あなたの子宮であり、卵巣であり、卵管・・・そして、愛すべきあなたのご主人です。子宮と卵巣、卵管は今回赤ちゃんを授かり、育む協力をしてくれています。もちろん身体全体が妊娠に対して協力してくれていますが、特に子宮・卵巣・卵管に対しては直接的ですので次のように伝えてください。『赤ちゃんを授けてくれてありがとう』・・・この場合も言うだけでなく、気持ちを伝えること。そしてご主人にもお願いします。全ては心の中でいいですから・・・。

◆ご自分の気持ちが伝わったと感じたならば、それでよろしい。いつまでも伝え続ける必要はありません。

*どうして過去完了形でなければならないかは以前お伝えしました。

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温心堂コラム】第39回

【2008年3月24日更新】

《080324:経絡療法について》
経絡(けいらく)の発見は医学にとってかなり画期的なことだったと思います。数千年前に既にこのことに気付いていた古代中国の人々の観察力に敬意を表します。

◆今回は突然経絡の話になって恐縮ですが、経絡の図(人体にツボとそれらを結ぶ線が描かれているもの)を見たことがおありでしょうか?ずっと以前この図を目にしたときには、何のことかさっぱりわかりませんでした。

◆特に関心もなく、何かうさんくさいような感じもあり、現代医学とかなりかけ離れた古臭い民間の治療法に使う何かだろう・・・くらいの感じで、とりたてて調べるという気すら起こりませんでした。

◆しかしいつしか東洋医学とか中国医学に注目するようになり、また関心が高まるにつれて、あの図に描かれていた線は何だったのだろうか?と、なんだか探求しないと気がすまないような心境になってきました。

◆図の中の点はいわゆるツボを示します。体中に無数のツボがあり、それぞれに名前がついています。一見しただけでは覚えることができないくらいです。気海や関元などの有名なツボもありますが場所(ポイント)も合わせて合致させることはかなり難しいと思われました。

◆しかし線が描かれている理由は何でしょうか??・・・それがいまいちはっきりしません。線と線でツボが繋がっているのですから、線で結ばれたツボ同士は仲間同士のはずです。

◆ツボ同士がひとつのグループとしてまとまっていて、関連し影響を与え合っているのだろう。でもどのように??・・・推測できるのはそこまでです。

◆そもそも、ツボはどんなはたらきをするところなのでしょうか?考えてみるとそんな基本的なことも知らずに古臭いものだと思っていたのです。ツボとは肩や背中や腰を押した時に気持ちがよく、凝りに効くところ・・・そういうイメージしかありませんでした。

◆確かに上手に押されたり、マッサージを受けると気持ちよく、疲れも取れますし、元気も回復し、痛みも取れます。そして明日もがんばろうという気持ちになります。

◆それらを深く観察し、経絡というシステムに気付いた(ほんの一握りの)人々が古代の中国にはいました(中国だけではなかったかもしれませんが)。彼らは必死に研究を重ねました。さらに、研究者の中には特殊な能力を持ったものもいたのです。文明の発達により文字が既に出来ていたこともその発展に深く寄与しています。

◆その中には経絡そのものを見ることができる人もいました。普通には目に見えない気のルートが見えるのです。特殊な能力を持った人というのは世界各地にいるでしょ。時代を超えてそういう人はいるものですし、そういう存在によって世界の物事は進化してきたといっても過言ではないでしょう。

◆気が通るルートを経絡といいます。気血が通るルートであるともいいます。経絡という名称は経脈(けいみゃく)と絡脈(らくみゃく)を総称したもので、経脈は主に身体に対して縦(上下)に伸び、正経(せいけい)と奇経(きけい)に分かれます。絡脈とは縦に伸びる経脈に対してこれを前後左右につなぐ連絡網のような存在です。

◆人体にとって経脈・絡脈は気のルートとして重要であり、これらが支障を起こすと重大な結果を招きます。

◆生きているということは気が存在するということであり、気は生き物のように動く(流れる)という性質があります。ただ単に動いて(流れて)いるというものではなく、作用を及ぼし(働き)ながら動き(流れ)ます。

◆これらの詳しい働きについては略しますが、その作用を認識し、診断したうえで、その作用を強めたり調節したり補ったり・・・ということを東洋医学では行なっています。

◆真の東洋医学とは本来そういう学問であり、そういう医学です。そして、科学や技術が発達したこの21世紀にこそ、どうしても無くてはならない医療だと思います。心と繋がるからです。

◆20世紀後半から21世紀にかけて、人類は地球および地球が育んできた多くの生命にとって危険極まりない振る舞いをし、自らの欲望のために未だその行為を止めようとしていません。

◆地球と地球システムは人類によるさまざまな悪行のためにかつてないほどの危機を迎えようとしています。科学技術だけではその危機を乗り越えることはもはや不可能ではないでしょうか。

◆いまや内なる心の発達を遂げる時期がきたような気がします。現代科学が行き詰る一方、それとは合い異なるシステムや原理がなければ人類をはじめ地球の生命は存在をますます危うくするだけのように思えるのです。

◆このことは全ての分野にいえることで医学も例外ではありません。医学に限定していえば、現代医学的には気の認識とその利用(併用でもいい)が必要である、といことになります。気という一面がどうしても必要です。

◆現代に残された一つの重要な領域である目に見えない世界・・・しかしそれは決して隠されていたものではないし、見えないからといって取るに足りない部分でもありません・・・そこに気づくか気づかないか・・・、実は人類は最初からその存在に気付いていました。

◆人類は数千年の昔からそのことを利用して様々なことを成し、発展させて人々の苦悩や苦痛、病を克服してきました。例えば前述した経絡の考えはそうですし、それから発展した鍼灸や気功などもそれにあてはまるでしょう。また占星術・占断などは帝王学として学ばれ予知によって戦いに用いられたりもしました。

◆今回は経絡の重要性みたいな分かりきったことを書きました。経絡も‘気’も普段見えず手に触れることもできません。それゆえに非情に見過ごされやすいものであり、ないものと勘違いされて、軽く思われがちです。

◆しかしその本質や役割を深く洞察し探究することは、人というものの成り立ちや病の根源を明らかにすることに違いないと思います。物質としての肉体、そこに宿る心、心が織り成すさまざまな想いやイメージ、そして‘気’・・・、それらの関係の中に生命というものの神秘さをみることができますが、その身体をめぐる経絡のルートと分布、そしてそれらの相互関係やその他のいくつもの‘気’のかかわりはこの世界における基本的な真理のひとつだと思います。

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