温心堂レディースクリニックコラムのコーナー

PART3

このページには2008年4月6日(第40回)からのコラムが載っています。

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PART3

第40回・・・経絡療法について・その2
第41回・・・経絡療法・その3、sunrise breeze
第42回・・・経絡療法・その4、sunrise breeze kiss
第43回・・・『fのイメージ』赤ちゃんの光
第44回・・・光の正体・fのイメージ(2)
第45回・・・光の正体・fのイメージ(3)

温心堂コラム】第40回

【2008年4月6日更新】

《080324:経絡療法について・その2》
◆私がすごいなと思う指圧師の先生がいらっしゃいます。もう既に他界されましたが、美藤さかえ先生という方です。美藤先生が書かれた本を読ませていただきました。昭和30年代の本です。

◆その中に、経絡の治療お百姓さんの畑仕事に喩えた部分がありました。お百姓さんは作物を作るとき、畑を丁寧に耕します。そこで土の状態や作物を作る環境などを長年の経験などで吟味していくわけです。その上で、丁寧に畑を耕作した後に種を蒔き、水をまき、肥料などを入れます。それがお百姓さんの仕事としての常識なんですね。

◆畑もろくに見ず、耕作もしないうちに種を蒔き、水をまき、肥料を入れる人はお百姓さんの中には恐らくいないはずです。なんのために作物を作るかが問われています。

◆もし作物を植え付ける前に畑のことを知らず、また畑を耕さなかったらどうなるでしょうか・・・?作物はうまく育つでしょうか?どう思われますか?・・・結果は言わなくてもおわかりになりますよね。

◆大きく伸び伸びと瑞々(みずみず)しく立派な作物を育てるため、そして畑自身にも作物を育む力をつけるためにも、田畑の手入れ、しっかりと耕し、場合によっては新鮮な土を入れたりする作業は絶対に欠かせません。

人の身体に対する治療も同じことなんです。よく考えてみてください。薬を飲んだり、注射をしたり、あるいは手術でメスを入れるとき・・・、たとえ症状に合うからというだけで、薬を飲むあるいは手術をする・・・、それはありでしょうか??その前に畑を耕すお百姓さんのことを思い浮かべてみてください。

◆身体を畑に喩えると、その人の体を・・・耕しているでしょうか?まず当然その人の体を診る・・・ということから始まらなければなりません。目で診る・さわってみる・・・五感でその人の状態を診る・・・これは、お百姓さんが土を手にとってその感触を確かめ、どの時期にどの種を蒔いて肥料はどのくらいで、水はどのくらい必要、季節や気候の条件(朝の霜が降りるとどうなるとか)や日照時間はどうかとか、温室なら温度・湿度の設定はどうかなどなどを確かめる作業と似ています。

◆たいていは、医学の面でも常識的に必要な検査などは行なうはずですし、それによってどういう状態かはある程度わかるはずです。しかし、お百姓さんは畑の土にとって必要なことを知っているだけではありません。つぎに耕すという作業が待っていますしこれを怠るわけにはいきません。

◆すなわち畑の土を最高の状態にするのです。土が生き返ります、まるで土に命が吹き込まれるようですね。これをもってはじめて、どんな種でも、どんな悪条件が重なってもそれらを補い、多くの大切な美味しい食物の恵みが私達の食卓に届くのです。

◆振り返って、現代の日本の医療はどうでしょうか?畑を耕す・・・そうした作業は行なわれているでしょうか??それは医学的にどういうものであり、どういう意味をもつのでしょう??

◆前述したように、お百姓さんが畑を耕す・・・土を見て土に触れ、なお且つ畑に命を吹き込む・・・それは単に種を蒔き収穫を得るための準備をするという意味だけではありません。土を生き返らす・・・土にとって大切なことは、当然のことながら生きている私達にとって大切なことなのです。

◆現代の日本の医療は、時間も人手も足りないこともあって、患者さんを詳しく触ること、痛いところをより丁寧に触ったり観察したりすること、硬くなってしこっている部分だけでなく、痛くないところや遠く離れたところも触ってみたり、揉んで揺すって優しく叩いてみてあるいは撫でてみるということを、あるいは全身を診た上で、手や指で揉んだりして‘ほぐしたり、誘導したり’ということを積極的にやっているでしょうか。

◆経絡に沿った指圧だけでも症状は結構よくなったりしますから、患者さんにとっても医療側にとってもこのことは案外と重要な点になると思いますよ。

◆私が中国に留学した時に、‘そうなんだ・・・’と思ったことがあります。中国の医師は西洋医学を学ぶ医師と中国医学(中医)を学ぶ医師に分かれ、私は北京で中医を勉強しました。

◆中医を学ぶ人も鍼灸と中薬(漢方です)に分かれます。私はクラスの編成上鍼灸クラスに入り、そこで鍼灸というものの実態を初めて目の当たりにしたわけです。

◆もっとも、鍼灸も中薬も中医という根っ子は同じであり、同じ理論で成り立っています。基礎は同じです。鍼灸クラスであろうが中薬クラスであろうが、陰陽学説や五行説など古代から伝わってきた中医の元と成る伝統の理論を学ばなければなりません。

◆鍼灸クラスに属していたので、経穴(けいけつ=ツボのことです)は覚えました。また、最大の疑問であった経絡のことが薄ぼんやりと分かりはじめてきました。

◆鍼灸クラスですので実習先は鍼灸科です。老中医が中医学的に診断し経穴を選び、針を打ち、あるいは助手の指導をし、そして最後に中薬の処方をします。老中医とはベテランの中医師のことです。

◆特筆すべきは鍼灸を行なったうえで薬を処方することです。これは日本ではほとんどありえないことなんです。

◆日本では鍼灸と投薬は、ほとんどの場合別の人物によって行なわれます。鍼灸は鍼灸師さんですし、薬は主に医師によって処方されるでしょ。患者さんが病院に行って薬をもらい、なお且つ鍼灸治療を受けるとしても、別々の人物がその人を診て治療することになるわけです。

◆ある意味分業・・・ということになりますが、はたしてそれで効果はいいのかしら????という疑問が私にはあります。鍼灸師さんが中医学的に診て、お医者さんが西洋医学的に診て・・・良いとこ取りみたいで良さそうですね。問題は両者に接点がないことでしょうか。

◆お互い勝手にやっているわけですから、それぞれがお互いの治療を尊重することは当然のことですけど、コミュニケーションってモンがより大切であり、同じ患者さんを診ながらどのようか観点から診断や治療をすすめていくのか、またそれは何故かっていう認識とすり合わせみたいなことが大切かと思いました。(以下次回)

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温心堂コラム】第41回

【2008年4月20日更新】

《080420-1:経絡療法について・その3》
◆人や動物に経絡というルートがあり、そこを‘気’というある種のエネルギー体が絶えず流れている・・・。それを科学的に捉えることは今のところ無理であり、未来の技術発展を待たなければならない・・・。

◆未来の技術が現代技術の応用の範囲内であれば、‘気’も経絡も未来永久に解明できないかもしれません。人の五感が捉えるもの・・・それは人の感覚の特性を科学的に解析していくだけでは不十分です。

◆人にしか分からないもの・・・。例えば目で何かを見たとします。そのとき脳に映ったもの・・・それは同じものを写真で撮ったものと同じでしょうか?見えざる寓意(ぐうい)・真意、仮像・真像がそこに存在します。

◆おそらく生きている人の目はそれらを全て取り込んで脳に写し、脳の中の伝達機構を使い解釈しているのではないでしょうか・・・。

◆映っているものの内、この部分は物質的、この部分は象徴的、この部分は超自然的なもの、あるいは心霊的なもの・・・などと。これらに関してはいまだ解明されてない部分がほとんどですから、大変興味深いところですが、想像の域を脱してはいません。

◆超自然的・心霊的なものを感じるかどうかも、人によって感受性も違いますから、特別のフィルターを持っていなければ分からないし、理解できないと思います。特別なフィルターには2通りあり、超自然的・心霊的なものをはっきりと捉え直すものと、よりあやふやにして不完全に打ち消してしまうものです。

◆多くの人々にとって、日常生活を送る上で必要なことは、暮らしの安全と安定です。すなわち衣食住を安定して受けられさえすれば、別にその他のことは無くても済むということです。これは非常に重要なことですし、欠くべからざることであり、これなくしては人類の発展もありません。

◆現在の世界はこのためにいろんな智恵を出しながら共存共栄しています。その中でいろんな無意味な争いも起こっています・・・・・。

◆さて、話は元に戻りますが、経絡というルートに‘気’が流れ、それが全身を回っている・・・私的に言えば、今のところ経絡に関しては感覚的に分かり、‘気’に関しては実感的に分かる・・・という感じです。

◆‘気’というものが存在するということと、それが身体だけでなく身体の周辺をも流れ、覆い、行き来し、調和して健康を保っている・・・。人が主に感じるのは‘気’です。経絡ではありません。しかし、生きている人に気が存在するということは‘気’が通る道(ルート)が存在すること、すなわち経絡は実在するということです。

◆‘気’の存在の科学的な証明は将来に譲るとして、古代から編纂され現代に伝わってきた経絡は、長い年月をかけて効果が実証されているという重みがあります。

◆臨床的な詳細な観察と深い洞察力から生まれてきた経絡を用いた治療法が、あらかじめ決められた寿命を超えるほどには万能ではないにしても天寿に近づけるほどの効果を発揮するには、経絡を知り尽くし、かつ如何様にも操る術が必要です。

◆しかし残念ながらそれほどの治療家に遭遇するのは未知との遭遇によって宇宙人に出遭うのと同じくらい難しいものかもしれませんね。まあそれは言いすぎですけど・・・

◆経絡を知るということは、机上の理論であってはならず、臨床上の実践に代わるものなどありません。前回申しましたように、まず畑の土の状態を知ることから治療は始まります。

◆触れてみて、あるいは目で確認してはじめて分かること・・・その時分かるのものとは、機械や分析装置で分かるものとは違います。人の五感が捉えるものは限りなく広くどこまでも深いものです。

話はちょっと変わりますが・・・

《080420-2:Sunrise Breeze》
◆遠く・・・地平線の彼方から朝陽が昇ってきます。大自然の新たな営みが始まります。朝もやの中で広大な畑の奥の林を経て、遠くの雲海の果てに昇る朝陽が自分を照らすとき、なんともいえない心地よい‘風’が頬に当たるのをご存知ですか?

◆Sunrise Breezeともいえるような一瞬の‘風’ですが一種の‘気’です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが朝陽は特別な存在です。朝陽は朝の陽であり、もたらすものであり、加えるものであり、満たすものであり、充ちるものでもあります。単なる日ではなく、固有名詞でもなく、天がもららす大切な存在であるからです。朝日と書かないのは言うもでもありません。

◆朝陽が果たす役割は果てしないくらい大きく、またその力が尽きることもないことは言うまでもありません。私達人類は太陽と地球に育てられた生物であり、人命が尊いといっても太陽と地球に比べれば(また地球に育まれたあらゆる生命に対しても)その存在価値は知れたものです。

◆その偉大な朝陽でさえ私たちに対してある種のメッセージを送っています。気付くか気づかないか・・・なんて、どうでもいいと思うかもしれないけれど、もしそのことについて感じることが少しでもあったなら、つぎのようにtryしてみてはどうでしょう!!??

◆朝陽に向かって、こう呟(つぶや)いてくださいね・・・『いつもたくさんの光と力をくれてありがとう』、『あなたのおかげで元気になります』。朝陽である太陽に向かってどちらの手でもいいから手の平を向けてそう言ってみて下さい。朝陽である太陽は力と‘気’をあなたにくれますから・・・。今日一日を生きる力をね・・・

◆たとえ曇りでも、雨でも大嵐でも、朝陽の力は衰えることはありません。朝陽のもぼる方向に向かって手を振るように両手でも片手でもいいですからそう言ってみてください。

◆どうしてそんなことを言うのかっていうとね、朝陽の強烈な陽の‘気’が手を通じて全身に入ります、経絡を伝ってね・・・もっとも手からだけじゃないけどね。

◆調和の取れたバランスの良い生活には、‘気’の質も量もバランスが取れてないといけません。調和とはどんな場面でも必要ですよね。調和の取れた、そして円満な生活・・・理想であり、目指したいものです。(以下次回)

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温心堂コラム】第42回

【2008年5月4日更新】

《080504-1:経絡療法について・その4》
◆経絡は昔の中国で見つかり、さまざまな変遷を経て整備され理論付けされ体系付けされたシステムですが、物理的な肉体としての生理メカニズムとは当然のことながら不可分であり、切っても切り離すことは出来ないものです。経絡および‘気’は肉体が無ければ存在しません。

◆どちらかが消滅するともう一方の存在はない....と言い切ってもいいくらいお互いの存在は絶対であり最重要です。生命としての肉体は心を含む精神も‘気’の流れも絶対に必要ですし、心と精神そして‘気’は肉体があればこそです。

◆ということは、肉体・精神(心)・気と経絡それぞれが順調でなければならず、そららにさまざまな変化があったとしても結果として良好であれば心身の健康は保たれる....ということになります。全てが順調ならば軽い障害などはたちどころに治ってしまうはずです。

◆すなわち、経絡の‘気’の流れが順調であるだけでなく、肉体としての身体の全体、そして各部位も順調であること・・・。具体的には血液の流れ、リンパ液の流れ、神経の伝達、水の代謝、老廃物の処理、栄養の補給、環境に応じた自律神経の順応、排泄...などなどが順調に動き働くことです。

◆経絡に沿って‘気’の流れを高め、指圧によって身体に物理的刺激を与え、同時にリンパ液や血液の循環を促し、身体を温め代謝を促進させる。これは肉体としてのからだを直接触れることによってのみ初めて成し遂げられることですよね。

◆単純な作業かもしれませんが肉体が存在する以上、そのものに対するケアは確実に必要であり、そのことによって身体を安心させ・納得させることは大変重要だと思います。

◆‘気’というものの存在が分かる分からないに関わらず、身体を丁寧に指圧したり揉んだり温めたりすることは身体にとって非情に大切なことですよね。気持ちいいでしょ....。

◆身体への優しい思いやりに基づいたケアというものは別に経絡を知らなくても出来ることです。むしろそれの方が望ましいのではないですか...。専門家としてはもちろん知っておくべきでしょうが本質的にはそれはあまり大したことではありません。

◆愛情を持ったケア、真心のこもった誠実なケアには奇跡のような効能があるでしょう...愛情と思いやりに基づいた気持ちには、十分な癒しの‘気’が注がれるからです。これこそが最も尊い大切な行為ですよね。

◆経絡の治療について最初の方に述べた、畑を耕すこと・・・とは、すなわち真心や愛情を持って接することに他なりません。

経絡のことは深く知るべきかもしれません。しかし、それ以上に誠実な真心や愛は必要だと思います。

◆経絡や‘気’と話をする前に、肉体としての身体と語り合うべきかもしれませんね。身体の訴えは、切実であり正直であり、またその訴えを聞くことや訴えに対して誠実に答えることは治療をする上での義務のようなものです。

◆過酷な仕事をしているひとに、一服の薬を処方することはそのひとにとっては一時的な治療にはなるでしょうが、過去からずうっと一緒である肉体自身の意識としては、過去の清算がまだ済んでいないよ...と訴えることはざらにあるのです。そのうえ、肉体にとって過酷な仕事は今後も続くのだという絶望感、癒しようのない緊張感は少しも変わってないはずです。

◆そのようなときは以前ご紹介したように、ご自分の身体を思い、身体をいたわり、身体に感謝すべきです。いつもご苦労さん...ご自分の身体だからご苦労さん、ありがとうといってあげるのが一番です。

◆もし、身体に過酷を強いているならば、すこしでも身体に良いことをするべきです。タバコを吸っている人ならばやめることが一番ですが、もしそうできないならば、『いついつまでにやめるからね』そう宣言してください。ご自分の身体はご自身の言葉を率直に信じますよ...。

《080504-2:Sunrise Breeze kiss》

前回お話した、Sunrise Breezeをお試しになりましたか?誰にも平等にもたらされるものです。もったいないので一日のはじめに受けられた方がいいですよ(^^♪。太陽は実に偉大です。地球も太陽も人知を超えた偉大なる存在ですね...月もですけど。

◆全ての生物にとって一番最初に生じる力はね...物理的にはやはり重力ではないでしょうか?重力が全ての源かもしれません。どこかで書いた記憶がありますが...

◆太陽とその惑星達はお互いに引っ張り合って共存しています。ひとつのバランスも崩れてはなりません。そうやってはじめて安定した体系が構築されます。

◆この大宇宙は安定したところと不安定なところが混在してますね。この地球にだって安定して発展するところもあれば戦乱や停滞でどうしようもない場所もあります。人の心と身体も一緒です。

◆心身のバランスが崩れる時...そんなことは考えたくありませんがもしそうなったときには、自然には大きな癒しの力が備わっていることを思い出してくださいね。

Sunrise Breezeは、たとえ雨や曇りの日でも、変わることなくあなたを照らす魔法の風です。風というものより幾分は弱いかもしれません。でも朝陽の力は衰えることはありません。

《080504-3:ティンカーベル》
◆目を閉じたとき、まぶたのうらに光る点をみたことがありますか?時どき現われて数十秒間光り続けます。どれくらいの大きさかって言うと、0.5mmくらいかなぁ?

◆最初は何だろう??って思っていました。いつ現われ始めたかはもう記憶が定かではないですけどこの仕事についてからですからねぇ?そうすると、かれこれもう25年くらいになりますかね....ちょっとずいぶんと時間は経ちましたね。まるで妖精が光るような感じですよ。おとぎ話みたいですね、ファンタジーは割と好きな分野なんです。いつもスピリチュアルなこと思ったりしているからですかね....?(以下次回)

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温心堂コラム】第43回

【2008年5月18日更新】

《080518-1:光の正体・・・fのイメージ
幸せなことの基本ってなんでしょう?ひとりひとりの心と身体が健康であって、自分だけでなく家族や友人が同じように健康で幸せであり、我々の住む地域社会全体がまたそうであり、その全体すなわち日本がまたそうであること....。これがどんどん広り、世界に争いが無くテロなどがなくなるとき、不安や憎しみが消えるとき....簡単にいえばそういうことになります。

◆この世の中は大変複雑でありますから、そんなにうまくいくはずはないのですが、幸せの基本は個人であり家族です。ひとりひとりが幸せでなければなりません。

◆特に心の病や不健康は不平不満と欲望と執着によるところが多いのではないでしょうか?しかしながら、誰でもそういう欲求はあります。○○が欲しい....そういう渇望は起こるものです。それも人間の生きるうえでの基本原理だからです。

◆すなわち、水が飲みたい、食べ物が欲しい・食べたい、息が吸いたい、排泄をしたい、眠りたい、見たい、聞きたい、しゃべりたい、性的欲求、快適さや快楽の追求、知的欲求、運動などの身体的欲求....全ては基本的欲求の膨張によって世の中に氾濫しています。

◆次から次へと生み出される数々の欲求に対して、脳は理性という規制はするものの、そのほとんどを叶えるように智恵と工夫によって応えてきました。

◆人類は地球上の利用できるあらゆるものを使うことによってさまざまな物質を作り出し、人類の欲求・欲望のために役立てようとしましたが、一方ではそのために大きな負の遺産を残したことも事実です。このつけは今も溜まる一方です。

◆しかし、人類にはそれをも乗り越えていかなければならない運命のような試練があります。この試練は避けることが出来ません。回避すればするほど、その未来は本当にますます怪しくなるからです。

◆いままさにその未来には暗雲が漂っています。どの方向に人類が向かうのか....。はたして今のまま、欲望のままにしていいのか?その時に大いに役立つことがあります。

◆幸せな人類像を描くこと、安心して暮らしていけるわたし達の姿を生き生きと思い描く、自分自身だけでなくこの社会....、世界を救うその役目は他ならない自分自身と全ての人が思い描くよりよき世界像にかかっています。

◆脳が想像すること(想像という力を発揮すること)と、それを実現することの間には大きなギャップがあるのは事実です。しかし何はともあれ、その想像力(イマジネーション)は、すべての実現の第一歩であることは間違いありません。これは脳の実現力のひとつに違いありません。これは人間だけに存在する力です。神からもたらされた恩恵のひとつと考え、より良き方向へ使うことが大切です。

◆そのひとつの応用がイメージトレーニングと云われるものだと思います。さまざまなイメトレが実現性と有効性を示しています。

◆以前、『fのイメージ』というトレーニングをご紹介した事があります(温心堂コラム第18・22・23・38回参照してくださいね)。赤ちゃんを望まれる方に是非参考にしていただきたいイメージトレーニングのひとつです。

◆その中で、赤ちゃん自身をご自分の子宮の中にイメージしていただくところがあります。現実に、今、子宮の中に手の平に乗るくらいの小さな赤ちゃんをイメージします。その赤ちゃんはこれから授かるのではなく、既に授かっているのです(このことは非常に大切です)。

◆その赤ちゃんに向けて、『授かってくれてありがとう』過去完了形で呼びかけて気持ちを伝えるということを述べました。ただ呼びかけるだけでは意味がありません。赤ちゃんはそれに応えて喜びを表現します....。かわいらしい顔をその人に向けて嬉しそうにうなずきます。手足をばたばたと動かして笑って嬉しさを表現することもあるでしょう。

◆同時に自分の肉体....子宮・卵巣・卵管そして何よりもご主人に対して『授けれくれてありがとう』これも過去完了形でねぎらいとお礼を述べていただければと思います。

◆そのイメージは、目を閉じて行なうとやりやすいのですが、中には赤ちゃんのイメージがとりずらいと思っている方々もいらっしゃいますので、今回は赤ちゃんのもっと素直な部分、核心の部分をイメージする方法をご紹介します。

◆その前に、既に授かっている(過去完了形)ということが非常に大切だというのはなぜかということについて触れておきます。人がご自身の願いを心の中で言うときに、それを言う対象は誰でしょうか??実は二つあります。

◆ひとつは自分自身の肉体です。肉体へ語りかけている、肉体に宣言しているということです。宣言された肉体は現状との矛盾に気付き、そうであることの既成事実を作ろうとします。強い願望が肉体に変化を起こすことがありますがそのひとつです。

◆もうひとつは少し難しい表現になりますが、の部分です。それはその人と共にありその人を護る高位の精神的な柱であり、いろんな難儀から護ると同時にそのひとを見守り育む存在です。魂とつながっているがゆえに、‘気’の世界とつながります。(この部分に関しては誤解を生じるかもしれませんね)

◆さて、赤ちゃんのイメージを取りにくいときには、次のように行なってください。まず、光の塊をイメージします。どれくらいかって言うと、10mmパールってご存知でしょ?それくらいの大きさの、温かな、きらきらと光る優しい光の塊をイメージします。あくまで光ですよ。

◆それは、赤ちゃんの魂であり、赤ちゃん自身です。よーく見るとその中に小さな赤ちゃんの姿が見えるかもしれません。(どこまでイメージするかはご自由ですよ)

◆10mmパールといいましたが、それは喩えであってこの光は決して物質ではありません。これは清らかなものであり、尊いものであり、聖なるものです。これ自身赤ちゃんのであり、赤ちゃんの核なのだと思ってください。

授かってくれてありがとう....と語りかけるとき、この光はその尊い輝きを増していきます燦然と眩いばかりに....。どれくらいですって??子宮の中から発せられたその光は、ご自身を包み込みさらに大きく周囲をその光で照らすでしょう(どこまでかはご自由です)。赤ちゃんが喜びを示したのです。(以下次回)

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温心堂コラム】第44回

【2008年6月2日更新】

《080602-1:光の正体・・・fのイメージ(2)
◆前回のコラムで、ひとりひとりの幸せが社会の安定や安心につながる幸せの基本であると述べました。個人の幸せが家庭の幸せにつながり地域や社会全体の安定につながります。ひとりひとりが幸せでなければ意味がありません。

◆また脳には物事を実現化するという偉大な力があります。想像力(イマジネーション)が人類を救うといっても過言ではないように思えます。より良い社会を形成し豊かな暮らしの実現のために私達がイメージし、願い期待することは、脳に対してスイッチを入れたことを意味します。

◆ですから個人の幸せな生活も、まずその全体像を描くことから始まるのです。ご自分やご家族が健やかで幸せに暮らしている姿をイメージすること....このようなプラス思考の想像力は、気持ちを豊かにするだけでなく、そのために脳自身の力も最大限に発揮できるのではないでしょうか?

◆イマジネーションの要領は生き生きと思い描く事が重要です。生き生きと、そしてなによりも、よかった〜安心した〜ほっとした〜うれしい・・・などの心が安定する要素・項目をより多目に配することが大切です。例えば....

◆みんなが嬉しそうに笑っている、チョー楽しそうだ、たくさんの御馳走が並んでいておいしそう、日当たりが良くて気持ち良さそう、ふっかふかのお布団でいい匂い、大きくて安定した車、....などなどです。

広〜い魅力的な庭のある白亜の大邸宅をイメージしてみてください。もちろんあなたのものです。何階建てでしょうか?広さはどれくらいでしょう?誰が住みますか?皆さん、どんな様子ですか?ペットはいますか?どんな寝室ですか?リビングやダイニングはどうでしょう?明るいですか?....どうぞご自分でイマジネーションの世界に入り、ゆったりと豊かなイメージをとってみてください。

◆紙に書いてみることもいいと思います。それは文章など文字としてでもいいけれど、可能なら絵を描いてみると一層はっきりするかもしれませんね。

◆自分の理想、自分の希望、自分の夢....叶えたいものはたくさんあるでしょう?結婚や子供の人数だって理想があるはずです。どんな家に住み、家族は何人で、どんな老後を過ごし、....あるいはキャリアや趣味、生涯学習....などなど。

◆社会貢献などの分野も自分の果たす役割としては欠かせません。むしろ、そういう分野でのイメージも非常に重要ですね。例えば....

◆お年寄りがリハビリやレクリエーションをするために過ごす広くて明るい素敵な部屋....たくさんの楽しそうな笑い声が聞こえてきそうですね。旱魃(かんばつ)が進むアフリカで豊かな自然を守る技術....これは科学的な要素を含むイメージです。どんなことになるか、何が生まれるか、すごく楽しみですね。

◆自分自身のためだけでなく、この社会のために自分ができることはないか、何が必要か、何をもってそのために貢献できるか....、自分がどうしてここに生まれ・ここで生かされているか....イマジネーションを社会の発展のために活用してみる必要がありそうです。

◆イマジネーション(想像力)....、単に想うことから生き生きと想い描くことまで、その質には大きな違いがあります。『イメージ力とイメージ量』はその後の脳の活性に格段の違いをもたらすことでしょう。

◆幸せの基本単位であるひとりひとりの切なる願望は当然叶うべきであり、そのために『イメージ力とイメージ量』はある程度大きな方がいいかと思います。そのためにはどうすればよいのでしょうか?

◆当然のことながらイメージは脳がおこなうものですが、人の場合、現実に即してみると心で行なうという表現のほうがしっくりいくような気がします。ハートは篤くメンタルな要素が大きいし。心は魂の世界とつながっている....私はそう思います。

◆思うのは脳かもしれませんが、願うのは心にほかなりません。心でイメージを行なう....そこにはご自分の魂が過程が入ってくるような気がします。

◆『イメージ力とイメージ量』はどうやって強化すればいいでしょう?ご自分の願いが切実であればあるほど、強いイメージが湧く....誰しもがそう思いがちです....でも本当にそうでしょうか?ひょっとしたら返ってその力を減じているかも??その可能性はどうでしょう??

イメージする力とイメージする量...これが心と関係することによっていろんな要素を含むことになります。悟りを開いた人以外の心にはムラがあって一喜一憂しがちです。要するに不安定。そこのところを乗り越える事がイメージ力の強化になるはずです。

◆どうしたらいいの?、心を一致団結させるには?そのためには自分自身の不安定な気持ちを一掃し、ひとつに固まらせることです。揺らぐことがなく、ぶれない様にすること。

◆心と通じているということは‘気’の世界と通じ、‘気’の世界を通じて外の世界と通じているということです。この辺のところはチョッと俄かには信じがたい部分もあるでしょう。でもね、‘気’の世界から‘気’を借りてきて助けてもらうことも出来るのです。チョッと言い過ぎかな??

◆ということは、ぶれない気持ちぶれないイメージというものはものすごく大切になってきます。揺らがない信念、確固とした自信、そして信頼....。

◆自分の切なる願い...それが真実で、それが最も正しいなら、気持ちの中では完了してなければならないものです。ですから、本当の願いの時には過去完了形でしっかりと断言するのです。しっかりと宣誓するのです。絶対に譲ってはなりません。

◆それが出来るか、揺らいでしまうかでは結果は自ずと知れたことになります。本当の願いなら、それは叶うはずですし、誰がなんと言えど、どの人もどの‘気’もその応援に加わるはずです。

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温心堂コラム】第45回

【2008年6月16日更新】

《080616-1:光の正体・・・fのイメージ(3)
脳は、より良い社会を実現化するという偉大な力を持ち、想像力(イマジネーション)を駆使することによって今後起こりうるさまざまな危機を救う手立てが必ず見つかり、それによって人類は地球と調和のとれた発展をすることができるはずです。そのスイッチはどこにあるか??

◆それはイメージの能力、即ち『イメージ力とイメージ量によるところが大きく、より良き社会の発展のために貢献しようとする心・気持ち・ハートがそれを動機付けるのではないでしょうか?もうひとつ付け加えるならば、小さな頃からその力を養うことは、その後の人生に大きな付加価値を入れたことを意味します。どうやって?特別なこと?

◆いえいえ・・・特別なことはありません小さな心を大切にはぐくむ、楽しさの中に夢を語る、こうすればいいねぇ、ああすればいいねぇ、みんな喜ぶねぇ、楽しくなるねぇ、嬉しいねぇ....、子供達がケタケタと大笑いするような・嬉しくて嬉しくて身をよじりながら表現するような状況....これがあればいいのです。

◆イマジネーションの要領は生き生きと思い描く事が重要だと言いました。生きていることの喜びが幼い心にひしひしと伝わること...何よりもおまえがいてよかったんだよと伝えること...。何も特別なことじゃない、いてくれてありがとうという気持ちは、その子にとって最高の贈り物ですよね。

◆なによりも、よかった〜安心した〜ほっとした〜うれしい・・・などの心が安定する要素を日常でふんだんに使ってください。嬉しそうに笑うこと、楽しい想い出、大きな安心などなどです。小さな子供達は何を見ても興味津々です。そこで...

◆そのような環境下でいれば、子供は安定します。そして、興味は家族や友達、勉強やスポーツなど、内と外にそれぞれ向けられていきます。そのようなときはチャンスです。音楽、読書、スポーツなどを通じてより大きな心を掴むようなものに出会えるからです。

◆イマジネーション...『イメージ力とイメージ量』はそこからスタートします。出会いがそれを決める要素のひとつだと思います。安定した状態良きものとの出会い...縁ですね。

◆自分の夢、そして理想の社会...子供の夢は大きなものです、条件のはまった大人とは違います。自由で伸び伸びとした中で大きな夢をが育み、やがて大きな実を結ぶ...大人でもワクワクしますね。

◆そんな中で社会貢献などの分野も自分の果たす役割としては欠かせない、というメッセージは忘れてはなりません。むしろ子供にとっては非常に重要です。

自分がこの社会のために何ができるか、何か貢献できるものはないか....、イマジネーションを使って、そのような他を利するという考えの中でも自らがその力を発揮できるということを教えるべきでしょう。存在する理由があるのです。

《080616-2:イマジネーションツールとしての光の存在・・・fのイメージ(3)
◆赤ちゃんが宿るとはどういうことでしょう?赤ちゃんが宿ることはごく普通の当たり前のことなのでしょうか?人の場合どうなんでしょう?

いろんな困難を乗り越えて母なる生命の中に辿り着く。母にとっては全く別の存在だけれども、母はそのことを無条件に受け止め、無条件に受け入れ、全身全霊で全てを捧げて守り抜く。

◆人はそのほかの生命と違って知性・知力を持ち、細やかな感情を持つがゆえに、時として無智や憎しみを生じて暴走し、大きな破壊・破滅をもたらすことがあります。しかもそんなに珍しいことではありません。いまや戦争などはありふれたもののひとつかもしれません。環境破壊に至っては、私達そのものが常に加担しているといってもいいくらいですよね。

◆その一面だけ見ると、地球にとって人類とはとんでもない存在だと言えないこともない。人は自らの首を絞めるような行為を行なっている、上辺だけの理性の持ち主なのでしょうか??

◆確かに感情のコントロールは難しい場面もあります。しかし感情の赴くままに行動すると、その結果がどうなるか...くらいはわかっているはずです。少なくともうまくいくとは思えないでしょう?

このような危険な一面を持つ人間ですが、その誕生には重大な、極めて重要な意味があるはずです。やっと母のお腹に辿り着いた尊い命・・・。妊娠と分娩だけでもこんなにも大変で、こんなにも危険が伴ってやっと生まれるのですから、その後に何ももたらさないはずはないのです。

◆人間として生まれてくるのですから、あらゆる可能性を秘めた存在であることには間違いありません。それもとっておきの優れた存在です。人類の抱えるあらゆる問題を冷静に解決する智慧をもつ存在です。ひとりだけでは無理でも多くの人々と協力して初めてそれが実現されます。

『fのイメージ』において、光の存在をご紹介しましたが、その光はこれからお腹に宿る赤ちゃんそのものであり、その魂の光であり、その子がもつ叡智であり、また智慧である。そう考えてください。

これからお腹に宿る赤ちゃんであっても、今既に宿っている赤ちゃんであっても同じことです。その赤ちゃんは光そのものの存在であり、それは尊く、清らかであり、あたたかな光である...そう考えてください。

◆具体的には5mm〜10mmくらいの光であり、きらきらと上品に光る聖なるもの...です。その光はときに眩(まばゆ)いばかりに輝きを増していきます。

◆そして、こう伝えてください...『授かってくれてありがとう』・・・『授けてくれてありがとう』・・・そして『授かりました。ありがとうございます』

◆『ありがとう』の対象がそれぞれ異なることに注意してくださいね、おわかりですよね(^^♪
(以下次回)

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