第二章
INDEX(目次)

はじめに・・・・ その17(一番大切なものは)・・・・その18(すごく大切なこと)・・・・その19(ひとのために・・・)・・・・その20(あなたを護る‘癒しの気’)・・・・その21(負けないで!自由な心を)・・・・その22(子宮はあなたそのもの)・・・・その23(fのイメージ・mのイメージ)・・・・その24(fのイメージの続き・身体に感謝する)・・・・その25(捨てよ…)・・・・その26(また会えるよ、待ってるね)・・・・その27(与える)・・・・その28(願いよ叶え)・・・・その29(理解は大切)・・・・その30(心の引力)

Copyright:Onshindo ladies clinic

第一章へ

温心堂HOMEへ戻る

はじめにお伝えしておかければならないことがあります・・・・

あなたを護る秘密の言葉・魔法の言葉とはなんでしょう・・・・・・?

 辛いときや悲しいとき、そばに何か頼るものがあったら本当にありがたいですね。
人は身体も心も休めるときが必要です。
働きづめ、根のつめすぎは病気の元・・・・・・でもみなさんは働き詰め。だから、

あなたに代わって24時間あなたと周囲の手配や気配りをしてくれるもの・・・・・・

実は、護りの‘気’ってそういうものなのです

‘気’の効用をご紹介するのは理由があります。
癒しの‘気’は身体や心の状態を改善するだけではありません。

単に‘気’を補ったり、滞りを無くして流れを良くしたりするだけではないのです。
さらにもっと大きな、重要な役割があります・・・・・・。

それはあなたを護ること・・・・・・。‘気’はお守りみたいなもの。

これを理解しているのと理解していないとでは雲泥の差が出ます。

‘気’は目にも見えず触れもしません。あなたの周囲にあって24時間、四六時中、あなたをいたわり、介護するようにそっと抱き、包み込みます。ひとの力の及ばないところ・・・・・・実際のところ、現実のいたるところはあなたの力の及ばないところです。そんなところにも‘気’は力を貸してくれるのです。

さらにもうひとつ重要なこと・・・・・・‘気’は人を介してあなたを護ります。
・・・・・・それはあなたに縁ある人。これは第一章で触れました。
これは最も重要なことのひとつです。

あなたは心で‘気’と通じています。こころはそれを呼び寄せる窓口です。

ですから他の人と通じることができます。

あなたの‘気’が緊急事態を他の人に告げることができるのです。
これに気付いたとき、‘気’と触れあい‘気’の治療を受ける理由がはっきりしました。

癒しの‘気’には身体の調子を良くするだけでなく、その人の心と周囲の状況を良くしていく働きがあります。状況を良くする・・・・それはまた運命的によい方向へと導くことです。

癒しの‘気’・・・・純粋で謙虚な心はその‘気’を呼び寄せることができます。
それを体感することができます。

あなたとのあなたの周囲は癒しの尊い‘気’で覆われます。その‘気’はご自身と大切な人々を包み護るのです・・・・・・

ではその‘気’はどこにあるのでしょうか?

人の身体と心を調え、健康と幸せをもたらす‘気’はどこから来るのでしょう?

いいえ・・・・・・癒しの‘気’はすでにあなたのそばにいますよ。

ただ気付かないだけです。

あなたはもう‘気’の器だよ。

あなたの心はその入り口であり、鍵なのです。

このページのトップへ
小さなときからあなたを見守ってきたもの・・・・・・。

あなたはどういうお子さんでしたか?

いまのあなたはどうでしょう?

あなたの過去や現状がなんであれ、‘気’があなたを包むとき、気持ちが充足された穏やかな気持ちになり、また何となくウキウキして明るい気持ちになったりします。

未来にどんな困難が待ち構えていても、おおらかに立ち向かう。

‘気’が何故このような働きをするのか、‘気’がなぜ存在するのか・・・・・・それはおいおいわかってくると思います。

では、第二章を始めましょう。

その17(070325)

ひとはどんなふうに成長してきたでしょうか?何を学び、何に影響を受けたでしょう?

そして、あなたは何に頼るべきですか?

あなたが辛いときはどうしますか?

あなたが勇気付けられるのはどういうときでしょう?

あなたが感動し涙するのは?

あなたが希望を叶えるとき、あなたの希望を理解するのは・・・・・・??

ひとは生きる希望があって初めてひとらしくなれるはず。

これは極めて重要なメッセージです。

‘気’を感じるのも人、‘気’を動かしたり送ることのできるのもひと・・・・・・、

そして大きな力の‘気’の遣いとして、あなたに様々な助言や支援をしてくれるもの・・・・・・、

それはね・・・・・・やっぱり人なんです。

特にあなたに縁ある人。

暖かさやぬくもり、心遣いやまごころ、親身になっていたわってくれる優しさ・・・・・・

ホッとして安心できる気持ち・・・・・・大切な人だからそうしてくれるのです。

人と人のつながりは非常に大切です。

もう一歩踏み込んで、はっきりさせておく必要があるようです。

‘気’はあくまで人あっての話です。

大切なのはあなた自身とあなたと縁ある人、またはあなたの周囲の人なのです。

このことは以前に述べましたが、実際にあなたと縁ある人は‘気’でつながっています。

人はどんなものにも代えがたい存在なのです。

純粋に人が大切です。

もしも神様がいるとしたら、神様は神がかりなことを人を通じておこなうでしょう。

魔法のようにパッと何から何まで行えるようなことはありませんよ。

尊いのはやはり人なんです。

人を愛し、人に報いる・・・・・・。そういう気持ちが大切。

もし仮に、あと数日で滅亡する・・・・・・という日が来るとしたらどうしますか?

愛するものたち、守るべき人々、頼るべき人と一緒なら、覚悟できるでしょ!

どこにも逃げ場が無い・・・・・・。

そんな状況が近い将来くるかもしれない。マジな話です。

地球温暖化は目前です。

悲しいけれど、ひょっとしたら間に合わないかもしれない。

一部ではそれでも自分だけ助かりたいと思い、いろんな操作をするかもしれない。

現にそういう人もいると聞きます。自分だけ助かろうとする人・・・・・・。

でもね、ひとの寿命はいつかは尽きるもの。

永遠はあり得ないでしょ、どんな偉いひとでも・・・・・・。

全力を尽くして愛するもののためにがんばる!!

ひとのために何ができるか?

例えば幼い子どもたちのために、あなたは何ができますか?

瀕死のもののために・・・・・・

そのとき、あなたはどうしますか?

ひとは、いつかは死んでしまいます。

私たちは有限な存在です。

今を全力で生きる。

もちろん愛するものたちのためにも・・・・・・。

このページのトップへ
その18(070421)

感謝する心、その気持ちはすごくたいせつです・・・・・・。前章で自分の身体に感謝すること、と述べました。自分の小さな頃に戻って純粋な気持ちでそう労わってあげてください。

感謝する・・・・・・『ありがとう』というとなぜいいのでしょうか?

・・・・・・そこにパラダイムの転換が起こるからです。自分の中で思考が変化をとげます。

詳しい話はまたの機会として・・・・・・、

さらにもっと大切なことがあります。

自分が生きていることに感謝??


生きてることだけでも大変で辛いことが多いのに、感謝っていわれても・・・・・・
お世話になった方々やその時々などにはもちろん感謝するけど。

生きていることっていったってさ、生きてなきゃ感謝のしようもないし。

・・・・・・そうですよね。まったくそのとおりです(^^;、
でも、大変さは昔も今も変わらないですけどね。

さて、どうして生きていることに感謝すべきかですが、・・・・・・もうお気づきですよね。

だって、生きていなきゃ始まんないじゃん。・・・・・・そのとおり。

生きていれば何とかなる。心も身体も‘気’を受けることができるし、それによってより良く変化することができる。そう(^^♪より良い方向へ向かうことができる。
それにいろんな人に巡り会えるし、チャンスに出会うことができるし、そして
そして何よりご自分の人生の役割を果たすことができる。

もちろんいろんな場面でいろんな方々に感謝することだってできる。

ひょっとしたら人は生まれる前に、空から地上を眺め、どこの家のこどもとして生まれようかな・・・・・・って思っているかもしれません。
そしてね、こうこうこうしてああしてこうして・・・・・・っていう人生を送りたいと考えて今のご両親の元へ授かったの。

生まれてからはそんなことは想い出せたりはしませんが、
ご自分にとってより良い方向を考え、努力することはできるはずです。

生きていればこそできることですね、
生きていればこそ辛いときを幸せなときに変えることができると思いませんか?

そんなことないかも・・・・・・って弱気な方、
人生順風満帆なことのほうが少ないんですよ。

生きていればひたむきな努力と勇気で人生を設計し望みどおりに変えることできます。

実はこの他にも大切な理由があります。非常に難しい問題ですがかなり重要なことです。
さらに詳しく述べるには誤解を生じる可能性もありますので別の機会にということで・・・・・・
ここではこのへんにしておきましょう(^_-)。

とにかく、あなたは生を受けてこの世にいるわけです。

これって結構、相当重大な事実であり、稀にみる奇跡です。

特筆すべきことです!

いい雲でしょ�・�・�・�・�・�・遠くに浮かんでますね
このページのトップへ
その19(070422)

次はキーポイントとなるメッセージ。

当たり前??でも、とっておきのものです。

もし神様が夢の中でこのように告げたとしたらどうしますか・・・・・・。

でもあり得ないことではありません。

もしもご自分がこう言われたら・・・・・・??

自分に対して『人のために尽くせ』といえる資格があるのは、両親や祖父母、先輩諸氏でも自分を本当に思ってくれるひと、すごく尊敬する人、そして神々などの大きな偉大な力を持つ方だけでしょう。

たとえ総理大臣がそんなことを言ったって、誰も重く受け止める人はいないと思います。

なぜなら分かりすぎるくらいわかり過ぎ、当たり前すぎるメッセージだからです。

実行は結構難しいことですけど・・・・・・。

もし、夢の中で誰か偉大なひとから、こんなドッキリするようなこと言われたら・・・・・・
または、ふとした気付きからこんなメッセージを悟ったならばどうでしょう?

でもひとのために・・・・・・っていう“ひと”とは誰のことでしょう??

よーく考えてください。
思い浮かぶはずです。

うーむ、やっぱし家族のことだと思うんだけど・・・
・・・そうですね、家族は第一ですから。

でも・・・・・・このことば、もっと大きな意味があります。

それは『他人』を含みます。
身近な人々から赤の他人まで多くの人々、そう、人類です・・・・・・
そう考えるとスケールは結構大きくなります。

我が子、我が家は、あくまで自分自身と一緒です。

家族は本質的に自分と一緒のものと考えてください。
家族のために尽くしながら・・・・・・

人々のために考える、

それができれば最高です。

自分の領域を出たとき・・・・・・はじめて変化が訪れます。

一歩外へ踏み出すことです。

でもその場合、ひとりひとりの役割に応じて尽くすということが重要です。

むやみに多くに手を出してしまってはなりません。分相応も肝心です。

考えてみてください、男性と女性の役割を・・・・・・。家族内での役割、社会的な役割、

いろんな立場に分かれたそれぞれの役割を果たすこと。

それがひいては人類に対する大きな役割となり、尽くすことになるはずです。

他の生物と同様に、時が経てば人は必ず死ぬのです。


人のために尽くすとは何か・・・・・・?ここらでもう少し深く考えてみましょうか?

秘密の言葉は奥が深いんです

このページのトップへ
その20(070429)

次はこのシリーズのテーマでもあります。ある種の‘気’はあなたを護ってくれます。

あなたがどんな状況でも、四六時中、24時間、絶え間なく……

でも注意して、すべての‘気’があなたを護るわけではありません。

気功治療で用いられる‘気’には、何種類かあるようです。

でも、それに使われる‘気’って、そもそもなんでしょうか?
体調を良くしたり健康を維持したり、身体と心の病気の治療のために

なんで‘気’が必要なの?
‘気’は薬などではなく、目にも見えず、触れることもできず・・・・・・
そもそもあるの?存在するの?

摩訶不思議なことですが、存在します。
私はいつも感じています。
このことが分るようになってもうすぐ9ヶ月・・・・・・。

病気を治すための‘気’は名前をつけるとすれば‘癒しの気’(いやしのき)。

でも、気の役割はもうひとつ大切な事が。護る働きがあるのです。
どうしてなのかわかりません。なぜ、そんなことができるのかと不思議でなりません。
でもそうなの、みんなを、あなたを、そして私を護ってくれるの!

チョー不思議・・・・・・

へ〜っっ、そうなんだ・・・・・・!?


そうなんです!!
その気を名付けるとすれば‘護りの気’(まもりのき)
特別な、とっておきの‘気’です。

‘癒しの気’は文字通り人のからだや心を癒す作用のある‘気’です。
‘護りの気’はあなたを護ります。

でもこのふたつの‘気’、私が思うに、同じ‘気’なのではないでしょうか。
おそらく同じものです、要するにこの‘気’はオールマイティーなんです。

実はこの世には‘気’というものが多種多様、ピンからキリまであります。
地球上のあらゆるもの、宇宙すべて、星々の運行……などなど
すべて‘気’のはたらきによるものであるという人もいるくらい……です。

え〜っ、うっそー……、

そりゃそうですよね、確かにそんなこと簡単に信じられるわけはありません。

私はこう思います。
科学で説明できることは、それで事足りる。
説明できないことの一部は気が関係しているのではないか……。

でも、この際そういうことはどうでもいいこと。
大事なのはね・・・・・・

あなたや家族、友人、その他多くの人々、社会、日本やすべての国々、

この世界を護ろうとする‘気’が存在するってこと。

その作用を代表して便宜上‘癒しの気’とか‘護りの気’とか呼びますが・・・・・。

魂の世界ではもっと細かく役割があるのかもしれない。

驚いてくれました??

この‘気’、あなたを護るんですよ……!

んっ??何?
何から??
え〜っ、どういうこと??もうちょっと具体的にいうと?

いろんなことから護ってくれます。
簡単にいうとね、
病気をはじめ、日常生活のいろんなトラブル、災難、受難、争いごと……などなど

へ〜、お守りみたいじゃん……
そう!的確な表現です。まさにピッタリ。

私が気功の治療を受け、思ったことは、こりゃお守りだなあ・・・・・です。
この‘気’は人を護ってくれてるんじゃないかって事。


そう考えたら癒しの‘気’に触れることは、かなり良い事かも……
っていう単純なことだったんです。

でも気をつけてください。世の中は表と裏があるように、‘気’の世界でも然り。

ピンからきりまでいろんなタイプの‘気’があるので見極めはほんとに大切です。

飛行機雲……見えますか?
このページのトップへ
その21(070603)

もし、あなたが誰かの助けを必要とするような状況に陥ったとき・・・・・・

たとえば大切なものを失ったときや必要なものが得られないとき、あるいは単に一人切りではいられないとき・・・・・・どうして欲しいですか?

『大切なのは人ですよ』・・・・・・と以前の言葉に書きました。

このことについて付随することですが、大切なことがあります。

ちなみにこれは、物の形のことではありません。

形式を大事にする。これはある意味では非常に大切なことかもしれません。
格式の問題、あるいは儀礼や順列・順位、戒律、規則や法律、権威、義務、・・・・・・

形や形式にはこんなかた苦しく重々しい言葉がぴったりです。

人と人とのつながりにおいて、これを重んじなければならない場合があります。
社会通念上、常識の範囲で行われるこれらの行為は人間の尊厳に関わることもしばしばですから、軽んじるわけにはいきません。

ここでいう形とは、このようなことではありません。

それとは別に考えなければならないこと・・・・・・あなたの心の形です。

え〜、心に形なんてないよ〜。
そうですね、なんて言えばいいんだろう?
考え方の形かな・・・・・・。

たとえば建て前とか世間体、面子(メンツ)の場合のように、無くてもいいものも多いはずです。
そんなことにこだわってはいけません。

そんなんで大切な人を後回しにすることのほうが問題ですね。

日常生活において、このようなことで相手だけでなく自分をも傷つけている場合があります。
夫婦間や親子間の関係、友人や仕事関係においてです。

それはじぶんひとりの問題にとどまりません。

例えば、自分的に非常に大切な用があり、それを行わなければ相手方にも迷惑をかける・・・・・・
ってことたまにありますよね。今日中に絶対に仕上げなきゃならないことがある・・・・・・

そのとき、目の前で人が倒れているとすればどうでしょう?

極端な例かもしれませんが、そんなときあなたにできることは?

ひとを助けることは直前のあなたの予定には入っていません。
それを行えばあながた予定していたスケジュールは崩れてしまいます。

予定していた人とも会えず未来さえも危うくなるかもしれません。
自分の予定を遂行したほうが楽だし、面倒くさくない。

この仕事は私のじゃないから・・・・・・

今日はBの仕事だけでいいって言われてるし・・・・・・

自分だったらこっちだよな・・・・・・
このほうがCさんにとっていいんだけど、時間かかるしめんどくさいしなあ。

あいつからの挨拶がなければだめだ・・・・・・(立場を超えられないひと)

事件事故を見てみぬ振りをする、いじめの傍観者も同じ立場です。

心の形・考える形・・・・・・そんな形って、いらないですよね。

しなやかで柔軟で、繊細で、慎み深く、謙虚でいたわりのこころ、

臨機応変で、最善を尽くす・・・・・・

それはなかなか難しいことですが、あなたひとりが全てを負うということにはなりません。

先に挙げた例では周囲の人たちと協力して手助けをしたほうがいいし、ひとりなら助けを呼びにいくべきです。いじめられている仲間をみたら、そのままにせず第三者にも相談するべきでしょう。

あなたの気持ちひとつ・・・・・・、それはあなたの気持ちひとつですよ。

少しでもその人たちに向いていればいいのです。
少しでも関与する、手助けをする、その気持ちがやがて大きくなります。
しかも純粋に、あなたを清め高めるのです。

魂の問題と絡み、そしてフッと、大きく気付くきっかけとなります。
ん?・・・・・・なんに気付くかって?

あなたの強さにですよ!本当の強さにです!!

負けないで!
そんなときは言ってください。
応援しますからね!!

このページのトップへ
その22(070610)

今回は女性にとって切実でしかも大切なこと。
ある意味深刻かもしれません。

あなたは元気ですか・・・・・・?
だったら結構!

タバコは?真冬でもミニスカート?なま足?

精神的にいい環境にいますか?

家族愛は大丈夫かな?

一人が多いですか?
孤独と感じてませんか?

いろいろ我慢多いでしょ・・・・・・

私たち人類は子宮で胎児を育てます。

卵を生み、外部で育つのを見守るのではなく
内に育み、外気に触れて身二つになるその日まで、子宮の中で一緒に過ごします。

それは子宮としての大きな使命のひとつであり、尊い役割です・・・・・・、

子宮は受容と忍耐の臓器です。

子を宿すとは、すべてを受け入れるという意味もあるでしょう。

子孫を残し次の世代に伝えるため、35億年以上の進化の過程を経て、
現代の形にたどり着きました。

そのために受け入れの準備をしてきたのです。

そして子を宿す準備のため、常に新鮮な環境を提供するために、

性周期すなわち、月経と排卵を一定間隔で作り、万全な受け入れ態勢を期しています。

これから40週の間、子供の成長に合わせ、じっと耐えていかなければならないからです。

その子宮には、もうひとつの顔といえるものがあります。

子宮が忍耐の臓器であるがゆえに、耐えなければならないことかもしれません。

子宮はストレスを受けて変化します。

ストレスで月経周期が乱れることがあります。

これは精神的、肉体的どちらのストレスでも起こります。

例えば女性の場合、4月に就職してから月経不順になったという方がいます。
また冷えが蓄積した場合。

気付かないうちに月経が止まっている・・・・・・そんなことは割りと多いのです。

子供を宿すために出来た子宮。

ご存知のように子宮は平滑筋という筋肉でてきています。赤ちゃんが宿って急激に大きくなる事に対応し、弾力があってクッションの役割を果たし、分娩の時に娩出力といって大きな力を出すためです。

脳からの指令で卵巣からホルモンが分泌され、それに反応して準備を整えていた子宮。

さまざまなストレスでそれらが乱された結果、子宮に変化が起きます。

私は、子宮筋腫をはじめ内膜症、不妊症などの特有な病気の一部はストレスに由来するものだと思っています。

忍耐の臓器はあなたが我慢したことの反映です。
ストレスをあなたの代わりに受けて変化している場合もあるはず。
いわば身代わりのようなもの。

そんなにしてまで子宮は耐えている・・・・・・

そう考えると子宮筋腫が出来たことに対しても考え方が違ってくるかもしれませんね。

子宮はわが身です、我が身の一部。

子宮にできた筋腫だって自分の一部に違いない。

長年のストレスが原因かもしれない。

そう思うと無理をしたために子宮を傷めたのかもしれません。

子宮に対して労いの声をかけていただければ・・・・・・と思います。

**つぎのその23で少し具体的にイメージしてみましょう。

このページのトップへ
その23(070611)

これは子宮に対するイメージ法のひとつです。

赤ちゃんを待ち望んでいらっしゃる方や子宮筋腫、子宮内膜症・子宮腺筋症など、子宮にストレスがかかっている方。

温心堂コラムの第18回、19回にも載っています。

子宮は骨盤の中で唯一外気に触れることのできる臓器です。

冷えは直に伝わることもありますし、膣を通じて外からいろんな侵入者が入ってくることになります。
赤ん坊を宿すところですので受精卵のために常に新鮮な環境を提供しなければなりません。

そのため古くなった内膜は排除しなければならないのですが、排除が常に上手くいく保障はありません。

外からの侵入と内部からの除去・・・・・・そして子供を宿し護る。

泣けるくらいのがんばりやですね。

しかも子宮はいろんなストレスを受け、その結果、赤ちゃんができにくかったり、筋腫ができたりと大変です。相当タフな子宮ですが、泣く泣く変化をしていきます。

それでも子宮は耐え続ける。

頭が下がります・・・・・・。
そしてそんな過酷な状況でも、子宮に働いてもらわなければならない状況には変わりありません。
子宮が困っているから、子宮がかわいそうだからといってよくなるまで休んでもらうということは、働き手である子宮にとっても不本意なことです。

そこで・・・・・・

下に書かれているのは、温心堂コラムで紹介した赤ちゃんが欲しい方と子宮筋腫の方に捧げるとっておきの‘気’のトレーニングです。

子宮をいたわりながら、しかし断固としておこなうのがポイントです。

温心堂コラムから引用してみます。まずfのイメージ(温心堂コラム第18回)

《fエフのイメージ:070423−1》
今回はまず、温心堂で最近やっている赤ちゃんが欲しい方のためのイメージトレーニングをご紹介します。『fのイメージ』です。fとはfetus胎児のことです。

◆こどもは宝です。国の予算はそのためにもっと使うべきですよね。

◆ さて、一日が終わり眠りに就くとき・・・・・・お布団の中で、お腹に手を軽く置いて次のようなイメージをします。『ピンポン球よりやや小さめ(直径約3cm)の羊水を含む胎嚢が子宮の中にあります。羊水の中で1cmくらいの小さな赤ちゃんが元気に動いています。』胎嚢は赤ちゃんのお部屋です。

◆これをリアルにイメージまたは感じてください。目を閉じていても開いていても構いません。映像のように見える人もいるでしょうが、お腹に置いた手がそれを感じても、心(気持ち)で通じ合うだけでも、気配を感じるだけでもいいのです。どちらかといえば臨場感だとおもいます。

◆イメージの時間は思い思いで結構です。長く感じたい方もいるでしょうし、すぐに眠りに就くかたもいるでしょう。お任せです。そしてそのとき次のようにつぶやいて(心の中でいいですから)ください。『授(さず)かってくれてありがとう』。過去完了形で呼びかけることが重要です。終わったらそのまま眠ってください。

◆これを『f(エフ)のイメージ』といいます。眠る前の脳はこれを理解します。このイメージは夜、お休みになる前だけで結構です。

続いてmのイメージ。(温心堂コラム第19回)

mエムのイメージの実践:070515-2》
さて、一日が終わり眠りに就くとき・・・・・・お布団の中で、お腹に手を軽く置いて次のようなイメージをします。これはfのイメージと一緒です。

◆筋腫を触ってさすってあげましょう。そして次のように真心をこめて呼びかけてください。『ご苦労さんだったね、ありがとう』『いつもありがとう、感謝してるよ』『辛かったね……いつも、ありがとうね』。心の中でいいですから。このとき、子宮に対して謝罪する必要ありません。あなたと共にいつも一緒にいる存在です。ねぎらうこと、痛みも辛さも共有することです。基本的には『ご苦労さんだったね、私といつも一緒にいて苦楽を共にしてくれてありがとう』、スタンドバイミー的な感じでいいと思います。

◆次いで、元どおりのみずみずしい、うっとりするくらいきれいなピンク色の子宮にもどったイメージをありありと描くのです。これが『リアルイメージ』の手法です。あなたの子宮……卵巣・卵管すべて鮮やかな新鮮なぴぴちピンクで超綺麗……

◆リアルにイメージし、また感じてください。目を閉じていても開いていても構いません。映像のように見える人もいるでしょうが(それが出来なくても構いません)、お腹に置いた手がそれを感じても、心(気持ち)で通じ合うだけでも、気配を感じるだけでもいいのです。どちらかといえば臨場感だと思います。やったー、っていう感じ。

◆イメージの時間は思い思いで結構です。長く感じたい方もいるでしょうし、すぐに眠りに就くかたもいるでしょう。お任せです。そしてそのとき次のようにつぶやいて(心の中でいいですから)ください。『元の美しい形の子宮にもどってくれてありがとう』。過去完了形で断言することが重要です。終わったらそのまま眠ってください。

◆これが『m(エム)のイメージ』です。眠る前の重要な時間だからこそ効果があります。必ず眠る前に、お布団の中で……。ちなみにそれ以外のときは、普通にお過ごしくださいね(^^)。

このページのトップへ
その24(070611)

前回、言い忘れていたことがあります。

特に赤ちゃんを希望される方にとって大切なことですから
ここにあらためて宣言させていただきます。

大事なだいじなあなたの身体、特に子宮や卵巣・卵管・・・・

また大切なパートナーにも。

fのイメージは胎児に対して、でもそれを受け入れ支えてくれたのは子宮を中心としたあなたの身体です。いたわりと感謝の気持ちを伝えてください。

fのイメージにひき続いて過去完了形で断言していただければいいのです。
簡単ですね・・・・・・

このページのトップへ
その25(070611)

これもとっておきの言葉。

私はこれによって自分自身から‘気’が出ることがわかるようになりました。

無欲というのでもない、執着から逃れたわけでもない・・・・・・

なのにどうして・・・・・・??

これはもっとも大切なことのひとつ・・・・・・

大事な言葉です。

捨てよ・・・・・・何を捨てるか?
お釈迦様は執着を捨てる、ということをおっしゃったそうです。
執着とはなんでしょう?単なる欲望のことかな?

しかし、欲が無い人なんかいないでしょ・・・・・・。
では、それって我欲のことでしょうか?
個人の、個人的なことだから?だったら公の事だったらいいの?

たとえば世界平和とか??差別をなくすとか??

では、あなたが実際に欲しいものって?
・・・・・・といわれるとね・・・・・・(みんな考えてくださいね)


お金、時間、土地や不動産、地位、権利、名誉、知名度、能力、記憶力、体力と運動神経、美貌とプロポーション、愛、友人、家族、子供、人生、健康、理性、性格をよくしたい、身長、楽器演奏能力、リーダーシップ、運気・運命をよくしたい・・・・・・

ではこういうとどうでしょうか?分りやすいかも・・・・・・
それを手に入れたとします。

それって、死んでもあの世に持っていけますか?

中越地震で宝くじの当たり件を県に寄付した方がいらっしゃったこと、覚えていますか?
匿名の方で、多くの人に感謝されたけれど、直接頭を下げられたわけではない・・・・・・
どう思われますか?できますか?

マザーテレサは人生のすべてを貧しい人々に捧げました。できますか?

人のために命を捧げた人々も現実にいます。新大久保の駅で転落した人を救おうとして自ら犠牲になられた韓国と日本の男性。 とっさのこととはいえ、ひるむことなく身を投じた事実は人として、崇高で尊い存在として多くの人々の心に強く印象深く残っていくでしょう。

真似せよと言っているのではありません。命は絶対に大切です。それ以上に大切なものは無いくらい大切です。新大久保で尊い命を投げ出したお二人は少なくとも転落した方の命を救おうとされました。命を救うために命を投げ出す・・・・・・。

気が弱い私には到底出来ないことだと思います。

でも・・・・・・このような方々は実際にいらっしゃいます。
このような人々の尊い行為・・・・・・
立場が違うとはいえ、どんな人が見ても考えても崇高な行為・・・・・・

人は本当は、このような生き方も出来るのです。稀かもしれないけれど・・・・・・。


であれば、その尊い命を懸けてやり遂げること、それが多くの人々のため、ひいては人類全体や地球のため、あるいは多くの人々に感動を与え、心を動かすことであれば、それはやる必要があると思いませんか?


そのとき、絶対にそれが多くの人にとって必要ならば、天をも動かし、たとえ非常な困難が立ち塞がっても、どんなに絶望的でも、だれもが絶対に出来ないことと思っても、あらゆる努力の結果知らず知らずその道は開き、順調に事が運ばれ都合よく成就するようにその人に味方するはずです。

それが清らかな‘気’なのです。
尊い‘気’が味方してくれるはずです。だから心配要らないんですよ・・・・・・。

しかし、それが少しでも私利私欲から発している事ならば、決して順調にはならないでしょう。
‘気’が導いてくれないからです。応援してくれないのです。

先に述べたあなたが欲しいものは何でしょうか?
執着とは何でしょうか?
捨てなければならないもの・・・・・・って?

私は思います。それは、惜しいと思う心ではないかと。ケチ臭い心や思い。

その心・思いを捨てる・・・・・・ということではないでしょうか。

お金に執着するなとは言いません。ある程度の金銭は生きるために必要です。
地位も名誉もその都度くっついてくるものである限りどうしようもないでしょう。
健康は安心して暮らし、社会に貢献するためには絶対欠かすことは出来ませんし、
家族や友人は人々にとって安らぎを与える最低限・最小単位のことなんです。

これらには欲望や我欲という言葉は当てはまりません。

少なくとも、必要以上の金は要らない。
家族や友人を愛し大切にする。
命を大切に生きる。
人のために考え行動する。
自分を捨てて行動することも大切なのです。

この場合自分とは‘欲の自分’という意味です。
どう評価するかはもちろんご自分が決めることですが、天も‘気’もさまざまに評価しています。

先に述べた人々、皆何がしかの自分を捨てています。

それでどうなったか?
人々の心を動かし、感動と感謝の念を起こしたのです。

と同時に魂の格は飛躍します。

これは本当のことです。単なる執着ではなく、自己犠牲だからだと思ってください。

そうすることによって何か得るものがあったでしょうか??

あります。それは・・・・・・

死んでも持っていけるものを得たことです。

命って、魂って、そういうものだと思います。

ケチ臭い考えを捨てましょう。

それだけで心が軽くなるはずです。

‘気’はあなたの応援に回りますよ。

このページのトップへ
その26(070624)

いつの日にか……

今回は説明は要りません。

究極の愛のお話です。

この悲しみは経験の無い人には分からないかもしれません。

この悲しみはどうにも堪えようが無いくらい切ないものです。

全身の力が抜けて、立つこともできず、息をするのもやっとです。

もう生きるのも耐え難いのです。

やっとの思いで息をしても、悲しみに手も身体も、唇も震え、
涙と嗚咽がつぎつぎと溢れてきます。

愛する人を失うことほど辛いことがあるでしょうか。

ここにひとつの物語があります。

けい君が辿ってきた道はずいぶんと長かったような気がした。

自分がどうしてここまでたどり着いたか、途中の様子などは全然覚えていない。
だけど、いつも自分に降り注がれるとても温かい気をずっと感じることが出来た。

けい君が生まれたのは4月10日、体重は600グラム足らずだった。

理由はよくわからないけれど、外に出たみたい。
息をしようと思ったけれど、どうしても上手くいかない、
ちょっと身体を動かそうとしたけれど、お母さんのお腹の中と違って上手く動かせない。

身体の冷たさが少しずつわかってきた。
やっぱり外に出たんだ……

僕はお母さんとお父さんに会いに来た。

けい君がお母さんのお腹に入った時、けい君はここにこれてよかったと心からそう思った。
お母さんやお父さんに心配かけないようにしたい……、
けい君の気持ちはそれだけで一杯だった。

んっ?何かが聞こえる、誰か他の命の塊のような気が自分を包んでいるみたい。

あれ?のどがちょっと痛い。しみる感じ。
温かくて勢いのある何かがのどから入ってきた、おなかにも広がってきた感じ。
ちょっと味がする……お母さんのお腹でいつも飲んでいたものとは違うし、すこし苦い。

あっ、手が痛い。
お母さんと違う多くの命の塊はいろいろいるらしく僕の身体をいじっている。

あれ、僕、息をしてるみたい。

けい君は帝王切開で生まれた極小未熟児。お母さんは重症の妊娠中毒症でもともと高血圧もあり、大学病院に管理入院していました。25週を過ぎた頃から血圧がさらに高くなり、26週には危険水準に達しコントロールも出来ない状態です。産科と小児科の先生たちは話し合いの結果を両親に伝えます。赤ちゃんもお母さんも危ない状態であること、両方とも助けるためには妊娠を終えることが必要なこと、赤ちゃんは小さめであり、生まれてからが勝負であること。先生達は全力を尽くすことを約束してくれました。

お父さんとお母さんは祈りました。そして先生達に委ねます。

先生達の手さばきは的確でテキパキとしていて、ものごとはズンズンと、サササっと進み、きわめて要領よく適切に事は動いています。けい君の小さな身体は次から次へと運ばれていきます。

けい君は小さな部屋に入りました。命を支える周りの機械類は静かな音を立てて、いろんな合図の照明が点滅を繰り返しています。

けい君は多くの視線を感じました。片時もけい君から離れない視線です。いつも誰かがけい君を見ています。優しさや不安がけい君を包んでいる感じがわかります。とりわけ強いのは優しいさの塊です。それが何のために成されているものなのか、まだけい君にはよくかわりませんでしたが、突き動かしているのは強くて熱い思いだということは理解できました。

しばらくして近くでお父さんの気を感じました。音が聞こえます。

お父さんの気は熱く、優しさと不安で一杯でした。
けい君は目を開けようとしました。
ただ、まぶたは重く力が出ません。
少しだけ指を動かそうとしましたが、何かに抑えられて動きません。
お母さんのお腹の中だったらもうちょっと動けたと思いましが今はまだ許されないようです。
やっと外に出たのに……と思いましたがどうしようもありません。

あたたかな指がゆっくりとけい君のからだに触れました。
けい君はそれがお父さんの指であることがすぐに分かりました。
けい君はどうしても自分からお父さんに合図をしたいと思いました。精一杯の力で、ゆっくり頭を動かしてお父さんの気がする方に向けたのです。
お父さんや先生達の気が一斉に強くなることに気づきました。
頭を向けたのはほんの一瞬でしたが、お父さんにはけい君の気持ちがすごく良くわかりました。

先生とお父さんの声がしています。
けい君の身体は時に優しい暖かな手でそっと動かされます。熟練した看護師さん達はあまりにも繊細すぎる小さな命のために心を込めた世話をします。

いつまでここにいるんだろう?

けい君は自分が少し早く出て来ることになるかもしれないこともわかっていましたし、お母さんが不安がっていたこともお父さんの心配も知っていました。

お母さんはけい君ができた時お父さんとすごく喜んでいたことも、お父さんとお母さんがすごく苦労していたことも知っていました。けい君はこの二人のためにこの二人の子供として生まれたいと思っていました。
いつのことだったろう……けい君はふと思いました。

しばらくしてけい君は少し眠ることにしました。お母さんのお腹の中ではしょっちゅう寝てばかりいたのです。
少し眠くなったのです。疲れたかな、また起きてから考えよう……。

この温かな小部屋はお母さんのおなかとは違うけどすごく安心できました。
大きな愛を感じました。
それは何かとても大切なもの、貴重なもののような気がします。

多くの人々の思いは幾重にも温かく回りを包んでいて途切れることがありません。
けい君はすごく嬉しくなってきました。
お母さんの気がけい君に向かってやってきます。
お母さんもまだ動けないけれど、けい君を思う深い深い愛情が伝わってきます。

お父さんの強くて海のような広い愛もわかります。

けい君は自分がどうしてこの二人の子供として生まれたかったか、なんとなく分かったような気がしました。

何度か眠ったようです。お母さんが近づいてくるのがわかりました。
本物のお母さんです。夢ではありません。

お父さんも一緒です。けい君は嬉しくてたまりません。

お母さんは涙をぬぐっているようです。けい君だけを思う清らな優しさが伝わってきます。
お母さん大丈夫だよ、けい君はまた首の力を入れて頭を少し動かして合図を送りました。
ふたりの感動が伝わってきました。
この二人の愛情に包まれてお母さんのお腹で育ってきたんだ。
けい君はお父さんとお母さんの子供でいられることが全てなんだと感じました。
ふたりがいればそれだけで嬉しくて楽しくて仕方ありません。それが全てです。

おかあさんはけい君に優しくそっと触りました。温かな指でした。
さらに手をぎゅっと握りました。
けい君はからだを小刻みに動かして喜びを表しました。

だんだんと思い出されてきました。
時々眠っているせいか、夢を見ているのかもしれないと、けい君は思います。

ぼくは父さんと母さんに長く繋がっていたような気がする。ずっと以前からふたりと結びついていたような気がする。

ぼくにはいままで分からなかったことや気づかなかったことが山ほどあった。でも……
空の上から父さんと母さんを見つけた時、このふたりに会えば、ぼくはそれに気づかされることになることを知っていた。
二人に会ったとき、このひとたちがどんなに強くぼくを愛してくれるかを知っていた。どんなにかけがえがないと思ってくれるかを、永遠にぼくのことを思い続けれくることも、そしてぼくがふたりのもとに訪れるとが出来たことがどんなにか幸せなことであるかもすべて知っていた。
ふたりの暖かい手がぼくに伸びてぼくだけを包んでくれることを知っていた。
父さんと母さんはぼくといつまでも一緒だということを。永遠に……

そして、父さんと母さんが無条件で注いでくれる愛をぼくが知りたかったということを。
それが分かるということを……

父さん、母さんありがとう。

けい君はこの温かな小さな小部屋のなかで、さまざまな尊い想いや愛情を受けました。
さまざまな楽しい夢を見ました。
夢の中でお父さんとお母さんと遊んでいます。
大きな声ではしゃいでいます。嬉しくてしかたありません。
やはりお父さんとお母さんは思ったとおりの人でした。
ぼくはここに来れてよかったなあ……

起きているときはベッドの柔らかい温かさや
けい君の世話をするさまざまな人たちの優しい気を感じます。

けい君は、自分が生まれてから身体を自由に動かすことは出来ないのに
自分のからだはすごく楽で、痛みもほどんど無く、
多くの温かい気だけを感じていることが不思議でした。

このひとたち、ありがと……けい君はみんなに感謝します。
ありがとう……

けい君はどれほど眠り、どれほど起きていたか、自分にも良くわかりません。

けい君の中ではずいぶんと時間がたったような気がします。

お父さんやお母さんとも何度も会い、何度も夢の中で遊びました。


なんだか分かったよ……どうしてぼくがここに来たのか。


けい君の小さな身体は大きな峠に差し掛かっていました。
先生達や看護師さんたちは懸命に手当てを続けました。

お父さんやお母さん、

みんなは必死に祈りました…。

小さなけい君のからだも一生懸命がんばりました。
せっかく生まれてきたからなあ・・・・・・

けい君のからだは力の限り生きようとします。
けい君は自分の身体にも心から感謝しました。

ありがとう・・・・・・

生まれて10日目…
けい君は息を引き取りました。

お父さんお母さん、みんなそばにいます…。

小さなけい君は花で覆われました。
けい君の顔はとても可愛らしく凛々しく、おだやかです。
あまりにも小さな身体がたどった運命にみんな切なさを感じています。

お父さんとお母さんは深い悲しみに包まれています。
人々は辛い悲しみのふたりに声をかけることが出来ません。
みんな自分のことのように理解できるからです

お父さんとお母さんは自分達を責めています。
小さなわが子を守れなかった……。

あまりにも短い生涯……。
誰もがけい君を愛し、必死に祈り、出来る限りの愛を注いでいました。

いま、誰もが納得していました。

けい君は天国へ昇って行ったんだ。
そして、これからは天国からお父さんとお母さんを見守るだろうことを……。

けい君の物語は続きます。


お父さんとお母さんの間にはふたり目の子供が授かりました。
けい君の位牌にお菓子を供えたあと、お母さんはけい君に守ってくれるようにお願いしました。

けい君はお母さんとお父さんからもらった温かな愛情を忘れることはありません。

今度はけい君がふたりと新しい命を助ける番だったからです。

新しい命が生まれる時、私達はその子の無事を願い守り愛することを誓います。

同時に私たちは失ったものを思い出すはずです。
私たちが必死になって取り留めようとしたかけがえの無い尊いものです。
それはわが子であろうと他人の子であろうと関係はありません。

多くの子供達が幼くして生涯を閉じています。

その子たちの中には、けい君のように『無償の愛』を受けるために生まれてくる子供もいます。

けい君が授かった命は短かったけれど、計り知れないくらい深い愛を受けました。
けい君にとって、この上ない喜びだったと言えるでしょう。

無償の愛とは、見返りを求めない愛のことです。
お母さんやお父さんからの一方的な全てを尽くした愛情のことです。

けい君はそれを経験しました。

けい君はやがて成長し、ふたたびお父さんとお母さんのもとに戻って来たいと思っています。成長するとは魂のことです。

お父さんお母さんたちの子供かもしれないし、そうでなければ新しく生まれた子供の子供、すなわちお父さんとお母さんの孫として生まれる予定です。

そうなると一家は賑やかになりそうですね。

無償の愛を受けたお子さんは、あなたの元へ必ず戻ってきます。

そして再び会うことが出来ますよ。

おなかの中にいる時も、生まれてからも、精一杯の愛情を注いでください。

愛しい人へ……待ってるからね。

必ず会えるよ……

けい君の物語の続きは機会があればまたお話しますね……

このページのトップへ戻る
その27(070708)

しあわせになりたい??

だったらちょうどよかった・・・・・・

いいこと教えてあげるね

幸福(しあわせ)になりたいって思う・・・・当たり前だし、みんなそう思っています。

では幸せってなんでしょう?
あなたの幸せがどんなものかは・・・・、
それはあなたが決めるものだから、だれにも分からないですよね。

幸せは人によって種類も質も内容も違うものね。

でも、簡単に幸せっていうけど、どうしてなれないんだろう・・・・???
そうあなたは思いませんか??

あなたは幸せですか??って聞かれて、「はい幸せです」って答える人がいたいとしても、
明日また幸せっていえるでしょうか・・・・心配になります。

ご自身も家庭も社会も、みんな幸せでいて欲しい。

なにが幸せかって心がそう思うことですからね。心が判断することです。

平凡な日々がしあわせだという考えもあります。
日々是好日(ひびこれこうじつ、またはにちにちこれこうじつ)という言葉を聞いたことがあるでしょう。
変わりなく流れていくゆったりとした日常、時に多少の変化はあっても本質的に変わりはしないもの。
それこそ豊かな時間の流れかもしれません。


一方、しあわせってそんなもの?って思う人もいるはずです。
その考えもひとそれぞれですからいいのです。

その反対のことを考えてみましょうか。幸せでないこと・・・・・・。
いや、やっぱりやめましょう。
多くの人々は全ての争い・・・戦乱や紛争、対立と恐怖、いがみ合いや不信の世界から一刻も早く逃れることを願っています。
なぜでしょうか?

んーとね、アドレナリンがいっぱい分泌されて超緊張状態が続くし・・・・
枕を高くして眠れないもん・・・・
そうか・・・・、そうですね、それもあるものね。

日々の安穏、平和と安定、真実と愛、信頼と協調、これだけじゃないけれど、これらが尊ばれ、喜ばれるのには理由があります。


それは心のゆとりです。ゆとりってもんです。
心配なく過ごせるでしょ。

気持ちにゆとりがあることや時間のゆとり、(お金にゆとりということもいえるけど)、ゆとりは快適な日々を送るために必要ですよね。

さて、幸せを得る(感じる)ためにほかに何があるでしょうか?

安心、慈愛、誠実、勇気・・・・・・これらの感情や意思はひとにあるものをもたらします。

その中で私たちが無意識に求めているもの、
それは感動です。

実は日々の生活の中にも小さな感動は常に、いくらでも起こっています。
朝、起きて、きれいな空気を吸って、おはようと言って、にこっと微笑んで、ご飯が美味しいなって思ったり、
明け方の早朝から散歩に出て、身体を動かしながら少し体操をして、調子が良いなって思ったり、朝日を拝んだり、移り行く季節の景色にみとれたり、コンビニや駅の売店で新製品のドリンクやスナックなどを見つけたり、ちょっと素敵な人がいるのをボーっとみたり、仕事をした後のビールがうまかったり、一生懸命働いて給料やボーナスをいただいた時など感動する場面は千差万別どこにでも・・・・(あくまでも想像です)。

感動すると心が飛躍します。深層意識に入ってきます。感動の状況情景が強ければ強いほど沁みこまれます。心が驚き心が味わうのです。だから心が震えます。涙として表出することもあるでしょ・・・・。

ゆとりや感動そして幸せ・・・・繋がっていますね。

でもね、幸せやゆとりや感動・・・・
それって何にも無いところ、あるいは何にもしないのにあるものでしょうか?
そんなうまい話あるでしょうか?

戦乱の多い地域では生きることのみが精一杯です。余裕もゆとりもありません。

平和な日本だからこそ、そこそこのことで得られるしあわせがいっぱいあります。

そこそこの小さな感動がもしなかったら、なんと味気ない世の中になるでしょうね・・・・。
テレビや新聞で見るなんとも切ない事件・事故ばかりだったら・・・・。
憂鬱とやるせなさ、情けなさで気持ちはいっぱいになってしまうでしょう。

幸せは小さな感動の積み重ねから起こる・・・・・・っていうことですが、小さな感動は心のゆとりがないと味わうことができないかもしれません。

それを得るために人々は行動します。あるいは感動が人を動かします。


そしてもうひとつ、ひとが自ら実行する根拠あるいは理由としての大きなウエイトを占めるもの・・・・
それは『怒り』という感情です。
怒り以外に人を動かすもの・・・・・・それが『感動』。

義務や義理というやつもあるけれど自分から発起して行動を起こす感情です。
いやいやながらではありません。

感動は怒りよりも、より多くの人々に伝わり、人を動かす基盤となります。


怒りはやがて過ぎ去ってしまうもの。でも感動は残るからです。
なぜ違うのでしょうか・・・・?

あなたは怒りの状況場面を思い出したいですか?

でも感動は忘れたくないですよね・・・・。

幸せを求めるなら、感動を探しましょう!何も無いところからはうまれてきません。

でも、どうやって・・・・?

種蒔き(たねまき)をしたほうがよさそうですね。

何を蒔くの?

んーとね・・・・・・簡単ですよ。

あなたは周囲の人に、あるいはご自分の身体にも種を蒔いてください。

何を?

言い換えましょうか・・・・、与えてください。あなたの気持ちを。言葉と態度で。

え?

そうです、与えるのです。
挨拶、心遣い、親切な気持ち、笑顔、愛情、勇気、夢、元気、誠意と信頼、そして大きな背中・・・・。

命、生命、生きるということ・・・・・・これは私たちの生活において本当の意味で基本的なことですが、全てはこの基本に尽きるのかもしれません。

生きていなければ全てを味わうことはできません。

その意味では生きる勇気、生きる希望を与えるということも忘れてはならないことです。

あなたしかできないことは、まだまだたくさんあるみたいですよ

ちょっと大変でも、楽しみだね

このページのトップへ
その28(070713)

さてですじゃ・・・・・・、
つづいては、あなたのお願い事でござる。

どうやら、作法があるらしい・・・・・・

今回はあまり詳細には申しません。いや申し上げられません。が・・・・^^;

とにかく、あんたの願いがろくなもんやなかったら叶いませんぜ・・・・。
第一、あんたがろくなもんやなかったら、だれが言うことを聞きますかいな・・・・。

あんたわがままでっか?あきまへん、あきまへんねん・・・・。
ごっついしたたかなお人かもわかりまへんな・・・・、自己中で人の言うことよう聞かん???
もう最悪やわ・・・・、帰えんなはれ!

わががま捨てなはれ、自己中を封印せなあかんで。

自己中心的な人って案外多いですね(人のことは言えませんが・・・・)。
自分の意見だけを言ってそれを押し通す・・・・。頭の固い役人か政治家みたい。

されど、ひとつの生き方ではありますし、案外スマートでクールな感じも否めません。

むむっ、おぬしやるな・・・・って感じかも。
西洋では超カッコイイのかもしれないです。

でも、ほんとにカッコいい人、ほんとにビッグな人はやはり違うんですよね。

どこが?

ここ(頭)がです・・・・、頭脳、智慧、オツム!
そして、何よりもハートよ、ハート。広〜い心ですよ。

ほんとにカッコいい人、ビッグな人はね、その言葉や態度の中には、自分がいないの。
いるのはその他よ・・・・

だってそーゆーひとは自己中じゃないんだもの(>_<)・・・・、
そのひとはあんたや他の人たちのために全てを捧げる志(こころざし)をね、
無意識のうちに持つからさ・・・・。

要するにヒーローってもんさ。


ヒーローはね、自分のためにって言わないのさ。
あるいはそう考えないのさ。

口ではでかいことを言い、良さそうなことを言っても、我が身我が身と思ううちは、
やっぱりちっぽけなトカゲの尻尾みたいなもんさ。

あんたのちまちました小さな願いを叶えたいならな・・・・
それはまず心にしまってよ。

そしてまず、あんたができそうも無いくらいの大きな願いを言え!!

とてつもなく大きくでかい本当に叶えたい願いだぜ。
ほんとにでかいものを思え。
あんたのちまちました願いは、このでかい願いの後だよ。

そのかわりでかい願いってのは、自分のことに関してじゃねえんだぜ!
他の多くの人たちやその関連に関してだぜ。

具体的であればあるほどいいんだけどな、
世界平和に・・・・なあんてのはいいんだけど、超抽象的で漠然としすぎ、責任感無さすぎ、曖昧としすぎ、言ってる意味分かるだろ。
いいかい!?忘れるんじゃないよ、ここが大事だぜ!

自分を捨てるのさ・・・・。

ってわけで、これが答えだ。
あんたの願いを叶えたきゃあ、自分というものをしまうこった。
無我の境地さ。無我になれ。すべて、為るようにしかならないんだ。

ただし、ただしだ・・・・、やることはやれ、成すべきことは成せ。
努力しねえもんには何の褒美も結果もねえってこった。そりゃそうだろ・・・・。
それを肝に銘じるんだよ。
ちまちました願いでもタナボタは無いって事よ。

そして、こう思え。思うというより誓うというほうかもしれんがね・・・・

でも、
その前にだな・・・・
ちょっとお教えしたいことがある。
心を落ち着かせる方法、腹式呼吸(いろんなやり方があり、そのひとつの方法です。このやり方にこだわる必要はありません。成書や指導者に教えてもらっても良いと思います)。

へその下5cmの奥に意識を集めよ。手でその当たりを押さえても構わんゾ。
5秒間大きく息を腹で吸え(鼻から)。5秒間溜めて、7秒でゆっくり吐き出せ(口から)。
5〜6回繰り返して、吐く息が10秒にせよ。落ち着いて行え。決して無理するな。
最初吸うのが5秒が無理なら3秒にせよ、5秒溜めるのが無理なら3秒溜めよ。吐く息も同様だ。
いいか、注意事項をひとつ、息を溜めるのは腹の方だぞ、頭の方ではないぞ。それを意識するように。

無理するな(>_<)!!これは自己訓練のひとつだと思ってくれ。
脳波をシーター派にするためだぜ。

えっ!私のちまちました願いは?だって!!??

あんた、知らねえのかよ・・・・・・とっくに叶ってるはずだぜ!!
まじ知らなかったのかい!?

あんたが自分を捨てて大きな請願(せいがん:願いのこと)をたてたとき、
あんたの小さなささやかな願いはとっくに叶っているんだよ。
心配せんでもいいんだよ。
あんたは自分以外の大きな大きな尊い請願を作ったのだからな・・・・・・。

わっかるかなあ・・・・・・、
無理かもしれないって?? 

まあ気にするな・・・・・・                     

                                      今回は以上だよ〜ん!!

このページのトップへ
2007年7月のある晴れた空
その29(070728)

小さなユウちゃんは雷(かみなり)が怖くて仕方ありません。昨日、裏の畑で大きなセミの抜け殻を見つけました。ユウちゃんは初めて見るものにはいつも興味津々です。毎日毎日犬のタロと一緒にサンダルをつっかけて畑とその向こうにある雑木林に入っては名前も知らないきのこや昆虫を拾ったりするのが大好きです。でも今日見るこの抜け殻は違います。いかにも大きく恐ろしいように感じられます。そのとき東の山のはるか彼方には大きな入道雲がエネルギーを吸って次第に大きくのきのきと発達し、あたかもこちらを見るような姿で、山を越えてゆっくりとユウちゃんの家の方へ向かいます。東からの風はだんだん強くなり、夏の暑さをしのぐにはちょうどよい加減になりましたがユウちゃんはセミの抜け殻に目が釘付けです。

それは、その前の前の晩、お父さんが話したお化けのキュウ蔵(きゅうぞう)の事を思い出したからかもしれません……

『ありがとうございます……』ってあなたが言ったら、相手のひとはニコニコしながら『いいえ、どういたしまして』って言ってくれますか?

おはよう、気持ちがいい朝ですね、調子はいかがですか?

こんにちは、いい天気ですね……

って言ったとき、相手の方はどんな感じで応じてくれるでしょう?
きっと、あなたの気持ちの入れ様によって相手の反応もかなり違うはずですよね。

手伝いましょうか?

大丈夫ですよ、わたしやりますから……

うん、わかった、心配しないでいいからね……

あなたの気持ちが伝わるような、心の伝え方がうまくできていれば、たとえ日常で嫌なことがあったとしても、それが尾を引くことはありません。
周囲への思いやりや気配りがしっかりしていれば、あとはなるようになるものですし、その点でいえばあなたが感じている嫌なことというのはさして大した事ではなく小さなことかもしれませんね。

当然のことですが、周囲の状況に応じた献身的な気持ちと、理解してもらえるような振る舞いや言動は必要ですし、欠かせないことです。自分勝手な言動は慎むことですね。

そうするとあなたの真意(気持ち)を理解できない人は少なくなりますよ。

周囲への気持ちも伝えやすくなり(疎通性が良好になります)、またカバー(協力)してくれる『人』も『力』も増えるからです。

力といったのは単に人の数が増えるだけではなく、一本より三本の矢の方が折れにくいのと同じように、人と人との‘気’が交流し混じることによる『交流力』『波状力』が増幅することだと思ってください。
これはご自分が種を蒔いてもたらした影響力にほかなりません。その種の出処(でどころ)はどこでしょう?

電車の中で身体の不自由な方が乗ってきた時、瞬時に立ち上がってこちらへどうぞって自然な振る舞いで導いた時、その方の気持ちとあなたのほかの乗客の気持ちが一斉に変化します。
あなたはそのとき多少の勇気が必要であったかもしれませんし、気持ちよりも身体が先に動いたかもしれません。
どちらにせよ結果は同じであり、その場限りですが多くの乗客の注目を集めます。
電車が一駅二駅くらい過ぎ、人々の関心はもはやそのことに関しては失われていますが、あなたの心と身体にはそれが記憶として残しているはず。
当然のことと思うでしょうが、あなたがとった当然の正しい振る舞いはたとえ表面的に記憶から薄れていっても心の奥のほうでは忘れていないものです。

正しい振る舞いとはなんでしょうね?

親切にする?、配慮?気配り?
ん……、ちょっとどうかな?え〜っ難しいかも??

いいえ全然難しくなんかないですよ!

もしもあなたのご両親やおじいちゃんおばあちゃんがこれは正しいことだよって、幼いころに教えてもらったことがあったら是非思い出してみてください。先生や近所のおじさんおばさんたちに諭されたり(さとされたり)、えらいねえって言われたりしたことがあったら、これも思い出してみてください。

両親と私と小さな妹がまだ母方の祖父母の家に住んでいたとき、玄関と玄関先をほうきで掃いてきれいにするようにいつも言われたことがあります。わたしより10歳年上の叔母から言われた記憶が強く残っていますが、どうしてこんなことするのかな……といつも思っていました。玄関の前は自分ちじゃないと思っていたのかもしれません。まだ壁や箪笥にマジックでいたずら書きをしていたくらいの頃ですから4〜5歳でしょうか?

わたしがほうきで玄関の前を掃いてきれいにする……これに対して誰かにえらいねって言われたでしょうか?

実はわたしにはその記憶はありません。記憶力の減退??確かに思い出せないだけかも……でも、幼い頃のうれしいことは覚えているはずです。
4−5歳の子供にまともな掃除ができるとは思いませんから、やり残したところは叔母がやってくれていたはずです。でも叔母にいわれて何度も掃除をした記憶はあり、そのことは身体と心のどこかで覚えています。

掃除すること。ごく当たり前のことです。えらいえらくないに関わらないことです。

母はときどき家具を動かして部屋の模様替えをしていました。最初は何をしているのか分からなかったけれど、幼い目にはそのことだけでも別の部屋に来たみたいで、変化に富んで心がうきうきしていたことを思い出します(そこは一部屋だけの小さな我が家でした)。

さて、幼い頃から数々の経験で心と身体にすり込こまれたやるべきこと、正しい行動は今も昔もさして変わらないはずです。科学技術や環境が劇的に変化した現代でも、人と人との繋がりや関わりにおいて伝統のようにそれらは残り、意識するしないにかかわらず私たちも後世にそれを伝えていくでしょう。

それでは、今回のその29のテーマ『うん、わかった』です……早速本題に。うっそ〜いままでのは前振り??悪しからず……

うん、わかった……そういわれると嬉しくなりませんか??

うん、そうだね、うん、わかったよ……。


ふつう人と人との間には目には見えない心の距離があります。たとえ身近な相手でもいろんな経緯(いきさつ)から距離は生まれ中には壁を生じることもあります。

相手が理解してくれいているか自分と距離があるかどうか……

でも、うん、わかった。わかったよって言ってあげる、または言ってもらえると……距離は一気に縮まります。理解された理解してもらった、そしてわかり合えた。

○○して欲しいんだけど……
うん、わかたよ。

これは言葉に出さなくてもいい場合も多いですよ。さっきの電車の話でも、姿を捉えた途端、自分の心と身体はうん、わかったよって言って自然と行動に移っています。
無意識の行動の多くは、うんわかったよっていうことから始まってます。

それに対して今度は相手が『ありがとう』って返してくれたらどんなによいでしょう。

あなたがうんわかったと言う、あるいは言わなくても無意識でも『わかったよ』っていう気持ちが隠された行動に対して有言無言の『ありがとう』が返ってきたとき、あなたの行動は評価されたことになりませんか?

その『ありがとう』は、たとえ耳に聞こえなくてもあなた自身の心と身体に伝わっているはずです。

ただし独り善がり(ひとりよがり)の『うん、わかった』には『ありがとう』がもどってくるかどうか……。

よく考えて行動し発言することも大切です。

大切なことは理解すること、相手の心情、立場、環境、そのうえでのわかったよだったらOKですね。

セミの抜け殻を畑にまで運んできたのはたぶん風の仕業でしょう。
そしていま抜け殻は蟻(あり)たちがせっせと巣に運んでいます。蟻は大きな獲物を懸命に動かそうとしています。

ありんこが食べるのかな?セミの抜け殻は小さな蟻たちにゆっくりと、そして確実に動かされ運ばれています。その様子を見ていたユウちゃんの怖いと思う気持ちは、いつのまにかすーっと消えていきました。

お父さんが話してくれたお化けのきゅう蔵がこのセミの抜け殻の中にいたとはとても思えません。きゅう蔵はわがままで強情だけれど怖がりで泣き虫、夏の夜中に子供と遊びまわるのが大好きで、子供を墓場まで連れてくんだよって言われ、夜のお墓がどんなに怖い所かを聞かされ、お父さんがお化けを真似して変な声を出しながら話すのでますます怖くなりました。ひとりでオシッコ行きたくないな……少し半べそをかきながら、でも、どきどきしながら聞いていました。

きゅう蔵はどんな姿してるのって聞いたとき、お父さんは「しーっ、聞こえるだろ虫が鳴いてるのを、きゅう蔵はあの声にまぎれて来るんだよ」と言いました。

ユウちゃんがそのとき聞いたのはセミの声……確かにセミの声。きゅう蔵はセミの化身だ。セミみたいに飛べるのかな?飛んでくるかもな。ミーンミーンユウ……あれユウって聞こえたよ、ぼく呼ばれたぞ。ますます怖くなり身体を丸くして縮こまります。でもセミはあんなに小さいからな、きゅう蔵も小さいのかな。それで僕を墓場に連れて行けるのかな??小さくちゃ無理じゃない?

もちろん飛べるのさ、それに小さくもなれるし大きくもなれるよ、お化けだもん。……お父さんは怖がって困惑しているユウちゃんに変な声色でいいます「ユウ〜ユウちゃ〜ん、遊ぼうよ〜」。ユウちゃんはお布団をかぶってしまいました。お父さん、いじわるだあ……こわいよう。

ユウ、おしっこ大丈夫か?お父さんが聞いてくれました。ユウちゃんのおねしょ防止のためお父さんはときどきユウちゃんをトイレに連れて行きます。

でも今夜は特別です。お父さんの手をギュッとしっかりつかんで離しません。

わかったわかったよユウ、きゅう蔵はきっと来ないよ、お父さんが付いてるからな、しっかり守ってやるからな。でもな、きゅう蔵はユウが良い子のときは墓場になんか連れて行かないよ。きゅう蔵は友達が欲しいしいつもひとりで寂しいからな。

ほんと?おとうさん……うん、わかったよ。
外から裸足で帰ったときは足のうらを雑巾で拭くよ。もう家の車に落書きしないから、とうさんのゴルフので花瓶とかにゴツンとしないよ……用を足しながらユウちゃんはいろんなことをしゃべりました。

お父さんは、思い当たるのも当たらないのもあるユウちゃんのいろんないたずらに唖然としました。
あれもこれもユウの仕業だったか……穢れのない行為に思わず苦笑してしまいました。
きゅう蔵、頼むぞ……

ユウちゃんはまだ小さな男の子、大人の感情の機微はわかりませんが、純粋な子供らしい飾りのない素直な気持ちで訴えています。心が通じる、気持ちが分かり合える……

もちろん親子だけだからではありません。
相手の気持ちをわかってあげて優しく心配りをする。ユウちゃんは、子供だけれど、その小さな胸の中はお父さんへの信頼の気持ちでいっぱいです。

お父さんとユウちゃんは気持ちがひとつです。
おとうさんはユウちゃんを命がけで護る気持ちにいささかの疑問も持っていません。
ユウちゃんを愛し、幼い純真な気持ちを汲み取り、不安は帳消しにするように努力しています。

きゅう蔵やそれにまつわる話はその後どういう展開をみせるのでしょう?
……どうやらお父さんの小さな頃の思い出の中に何かが隠されているみたいですね。

私たちがお互いを信頼し、補い合い、そして助け合う。
それは自然のことだけれど、決しておろそかにできないことです。

私たちには何よりもましてお互いが分かり合えること、理解できること、そしてそのために努力することが求められています。

分かり合えること、うん、わかったよ……

そのことで多くの人が救われた気分になります。人の心にも届く、そして自分自身の体に向かったときには、身体自身が納得するのです。

ようやく、わかってくれたね……うわーっ、わかってくれたんだ……

そしてもっともっとがんばるぞ、
身体でさえすごく喜んでいますよ。

あなたが他の人を理解してあげること、相手が理解してくれること……
こんなにもうれしいことはないですよね。

このページのトップへ
荒々しい空ですが、嵐が去った直後で晴れ間が見え始めています
その30(070820)

心で考えてください。

心で思ってくださいね。

頭ではなく・・・・・・

なぜなら、心は魂と繋(つな)がっているからです。
心で考えるって何?

心で考えるって難しい?って思ってませんか?
頭で考えるのとどう違うのよ?って思ってませんか?

難しくないですよ。みんなやってることです。

例えば、自分のことを考えるときどうしてますか?

特別な思いを持つ相手に対してはどうですか?
家族や友人、パートナーなどを思うやったりするときも……。

まず、無理やりということを止めてみて下さい。そうすればわかります。

無理やりは、自分や特別な相手には適応しないはずです。

小さなリサはいつもしかられてばかりです。

「もうこのグズ、何度言ったらわかるの!?」
「言ったって無駄だよ、どうせ使いものにもなりゃしないんだから・・・」
「このありさまいったいどうする気よ!!?」

・・・あなたはこの小さなリサのこと気になりませんか?
リサは小さな身体を震わせてメソメソしています。

「ふん、あんたのことなんか誰が構ってやるもんですか!」

・・・いったいリサが何をしたっていうのでしょう?
リサはどうしていいかわかりません。
誰を見ても冷たい眼差しが返ってきます。
メソメソの泣き声も段々大声になってきます。
唇も震えます。
大粒の涙と鼻水で顔はぐしゃぐしゃです。

どのようなものに対しても、もし心(ハート)がそこになれけばどうなるでしょうか?
どうでもいい単なる感情だけしかない場合、または感情すら無い場合は単なる作業にすぎない事だって有り得ます。なにが単なる作業でしょうか?

たとえばご飯の用意をする。ただ無感情に用意されたご飯……食べたい?ですか?
愛情のこもったあったかなご飯……いいですね!!

リサは、ある未来の架空ラジオでの話です。

小さなリサは傷ついています。
でもリサにがみがみ文句を言っているほうもイライラして相当傷ついています。
ただ自分の感情を吐き散らしストレスを撒き散らしているだけ。

リサは小さなヒューマノイド系ロボットで、3歳くらいの幼児の知能と仕草を身に着けています。心理的ストレスを抱えた人々にリハビリ用のプログラムをもとに貸し出されます。

見た目は本物の子どもにそっくりです。身体的機能……食事や排泄もおこないます。
数週間のプログラムでリサとともにリハビリを受けた人々は心理的ストレスや抑圧を和らげ愛や思いやりといった人間らしさを取り戻します。

こんなこともありました。

「リサ、お皿を取ってちょうだい、気をつけて一枚だけ取ってきて、いいから、早く!!」
足台を戸棚にくっつけてリサは懸命に手を伸ばします。
手はあと少しで届きますが……どうでしょうか?

実はリサに命令した人は、リサがどの程度できるかを試しているかのようです。
どうせロボットだし……と思っているのかもしれません。

リサはロボットだけれど、正確にはうまく対応できないようプログラムされています。
3歳児ですから当然のことですが、実はリサには非常に優れた隠された可能性が秘められています。


リサを通じてリハビリを行っている人たちの感情や愛情……それらによってリサが変化するのです。
その変化は非常に微細で繊細です。
それを知らない人々はリサの変化に驚き、次第に感動と感銘を受けていき、本人達もリサとともに成長していきます。

さらに、このプログラムを無事達成するとリサも一段階成長します。4歳、5歳と段階を経て身長や体重とともに精神年齢もアップします。まるで本物の子どものようですね。

リサの開発者は次のように言っています。「リサとともに成長したカップルは当然のことながらリサを我が子のように思うようになります。手放したくなくなるのも当然です。しかし、リサを待っている人々は多いのです。この子は、どの年齢層にも受け入れられるようにつくられています。当然のことですが、社会(コミュニティー)は一部の年齢に偏ってはいませんから」

別の関係者は「リサのプログラムは非常に特殊です。彼女は特殊な酵素やホルモン様作用をもつ化学物質を組み合わせて新しく開発された人工細胞を取り入れています。かなり精巧なヒューマノイドであり本当の人間のプロトタイプであるともいえるくらいです。彼女の持つ感情ですって??あらかじめ決められているかって??とんでもない、神様しか知らないんじゃないかな?私たちは可能性のあるデータをほんの少しいれただけですから」と言い、人類の歴史や文化、いろんな書物や物語、神話や伝説までインプットしたものもあると言っていました。リサにもそれぞれ個性があるようです。

リサの個体数はどれくらいか?それは今はわかりません。需要によって増える可能性はあるようです。

さて、ではリサの方はどうでしょうか?リサ自身は自分のことどのように思っているのでしょうか?
また、リハビリのために長く付き合ってきたこの人々に対してどのような思いを抱いているのでしょうね?


リサはスピルバーグの映画の中のヒューマノイドの子どものように心が変化していると考えられないでしょうか?

それはね、実は‘気’の流れ、気の立場からいうと、大いにありうる話なんです。

本当の人間になりたい……ピノキオが思ったこと、心から願ったこと……もしリサが本当に願った時、奇跡が起こるかもしれませんね。リサが本物の人間になるとしたら乗り越えなければならないことはいっぱいあると思います。

小さなリサの心でさえ、人を引き付けるし、人の心を変化させたり、喜ばせたりします。
リサの話から心の力というものがわかるでしょうか?


それを支え強めるのは心からの言葉であり、心を伴った感情と行動・動作・仕草です。

無理やりに、闇雲に○○をさせる。
これでは意味がありません。

そこに本当の愛情はあるのでしょうか?心を置き去りにしてはないですか?

考えてみてください。

冷静に、心で……

このページのトップへ
さて、秘密の言葉・魔法の言葉もその30まできましたね。
第二章もそろそろ終わりです。
ご精読いつもありがとうございます。いつもいつも感謝しています。
それでは第3章に突入しましょう。(現在製作中です)

え?どういうふうに章を区切っているかって??

それは秘密です。

Copyright(c)2005-2007 Onshindo Ladies Clinic. All rights reserved.
No reproduction or republication Without Written permission.